ワルイコいねが
安東みきえ
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刊行日 2024/11/26 | 掲載終了日 2024/10/25
ハッシュタグ:#ワルイコいねが #NetGalleyJP
内容紹介
// 椋鳩十賞、野間児童文芸賞受賞作家最新作 //
思ったことをいえない性格の美海と、
正直すぎて周囲の顰蹙をかってしまう転校生アキの友情。
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あの転校生の津田アキトだ。
道をへだてたこちらまでは見えていないらしい。もっとも見えていたとしても、あたしの顔なんかおぼえているはずもないけれど。
しんせきの集まりで来たのだろうか。いや、それならば同じように黒い服を着るだろうし、かくれてながめる必要はない。
めずらしいのか。
おそうしきや法事といった風習が、前に住んでいた町とはちがっていいて、何かよほどきょうみをひかれるところがあるのだろうか。
周囲にはまるで注意をはらっていない真剣さがふしぎだった。
(本文より)
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あらすじ
「うっかり自分の考えを言わないのがせいかいなのだ」と思いつつ、そんな自分を少しみみっちい性格だと思っている美海は、正直になんでも言いすぎて「性格が悪い」とクラスメートから言われている隣のクラスに転校してきた津田アキトと仲良くなる。
アキトは別に悪い子ではなく、少し変わっているだけだと思っていた美海だが、やがてアキトがお寺だのおそうしきだの、不吉な場所にばかり興味を持ったりお年寄りに厳しい様子を何度か見てしまい胸がざわざわしてくる。
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著者/安東みきえ(あんどう・みきえ)
1953年、山梨県生まれ。『天のシーソー』で第11回椋鳩十児童文学賞、「ふゆのひだまり」で第11回小さな童話大賞(毎日新聞社主催)大賞を、「いただきます」で同選者賞今江祥智賞を『満月の娘たち』で野間児童文芸賞を受賞。『夜叉神川』がIBBYオナーリストに選ばれる。その他、「夕暮れのマグノリア」「頭のうちどころが悪かった熊の話」など著書多数。
出版社からの備考・コメント
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おすすめコメント
本年度より、光村図書の国語教科書にも新作が掲載される安東氏の最新作!
『天のシーソー』で椋鳩十児童文学賞、「ふゆのひだまり」で第11回小さな童話大賞(毎日新聞社主催)大賞を、「いただきます」で同選者賞今江祥智賞、近年では『満月の娘たち』で野間児童文芸賞を受賞、『夜叉神川』が児童文学者協会賞受賞、ホワイトレイブンズ選出、jBBYオナーリストに選ばれるなど、作品が連続受賞している。
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★★★
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★★
出版情報
ISBN | 9784065360200 |
本体価格 | ¥1,500 (JPY) |
ページ数 | 240 |
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
上手く気持ちを伝えられない小学生たちの心の葛藤を感じるお話でした。生と死がテーマだったところも非常に魅力的でした。アキトが他人の死に関心を寄せるところは第一印象からすれば近寄りがたいと思うし、子供の目線からすれば怖いと感じるかもしれません。私も彼女の言動には読んでいて子供とはいえ、気になるところが複数ありました。しかし、その性格の背景に彼女なりの大切にしている気持ちがあったことが物語を通して描かれていき、その気持ちはすべての身近な死を経験したすべての人の心に強く刺さるものだと思わせてくれました。何が起きる世の中かわからないからこそ、家族との時間を大切にしたいと思える良作です。
何歳まで子供のままでいられるのでしょう?。
小学生の主人公美海は、いつも心に嘘をつき、友達や周囲の人たちに合わせていた。
ポン菓子は好きじゃない。だって甘味が足りないんだもの。でも、親友が好きなので好きなフリをしている。
この気づかいを見ていて、僕は子供が子供でいられる時間が最近は極端に少なくなっているような気がした。
地域や国にもよるのだとは思うが、これは不幸である。
日本人の大半は精神に何らかの病を抱えているという記事を読んだことがある。
それだけストレス過剰な世界になっているのだ。
小学生でも、これなのだから大人はもっと大変で本音など微塵も出しては生きてはいけないのである。
それが日本という風土なのかとも思う。まさしく村社会。
異質なものは容赦なく排除される。
だから異物は自分を誤魔化して生きていくしかない。
匿名性のあるSNSなどで、やたらと個性的な人がいるのは、匿名だからこそ、本当の自分を語れるのかもしれない。
だとすると、それは不幸に違いない。
転校生は変人だ。
高齢者施設で、おばあさんに、もうすぐ死にますねとか正直に言ってしまう子なのだ。
戦争に行ってきたふりをし、子供たちに反戦を訴える年寄に、だったらおじいちゃんは100歳超えているんだねと嫌味を言ってしまう。明らかに戦後生まれだったからだが・・・・。
戦争はいけないと正しいことをいっているのに、それまで嘘に思えてしまいます。子供だからわからないと思うのはやめてくれませんか。
彼女は正しい、でも、大人も生徒たちも非難してくる。
変わり者。
いやな子供。
彼女は訃報を集める趣味がある。葬儀場に通う。観察する。知らない故人の棺に手紙を入れようとし喪服のおじさんに追いかけ回られる。
しれっと金持ち自慢をし嫌われる。
彼女は亜希人という女児だ。
亜に心が芽生えると悪になるんだよ。
例えば、卓球に来ている年寄りたちが、楽しく席でおしゃべりしていた小学生に譲れと強制してくる。しかし、亜希人は譲らない。すると・・・。
年寄りだから何なんだ。
運動に来ているんだから元気じゃないか。
どうして子供から席を奪う。譲らないとダメな子みたく非難するのはおかしいと彼女は言う。
正しいと思う。
しかし、日本では年寄に席を譲るべきだという空気があり、それが当然とされており
おばあさんたちは、非難してくるのだ。今どきの若い子たちは・・・と。
つまり、この転校生は嘘がつけないのだ。
自分に嘘がつけないのだ。
子供のまま生きてこれたのだ。
しかし都会では、それは排除の対象になり孤立する。
亜希人といて、美海は思う。
あたしはきらわれないよう、いやなきもちにさせないよう、そればかり気にしていた。自分の気持ちはほったらかしのままで。それでいいのかな。人に嫌われる前に自分を嫌いになったりしないのかな。本当に大丈夫かな。
この葛藤は大切だ。
僕たちが日常の中で忘れている大切な感情だ。
誰かを傷つけるのはいけない。嫌われるようなことはしてはいけない。
でも、自分に嘘をつき続けることで自分を嫌いになるのはもっといけないことだ。
これが本書のモチーフなのだと思う。
これはとても大切なことだと感じた。
タイトルの意味をどう回収していくのかと気になりながら読了。なるほどそういうことだったのかと、まんまと作者の術中にはまったという感じだった。心象描写、人物描写、情景描写のみごとさ。短い文体のなかに巧みにおりこまれていて、非常に勉強になった。子どもたちが自力でスムーズに読める文体、文章量、表現というものを書き手は常に意識しているのだろう。登場人物が死というものに傾倒していく理由が、その年齢や知的水準からするとややしっくりしながったが、子どもたちの心のアンバランスさを表示しているともいえる。子と親と、子と祖父母と、共に読むことでさらに会話がふくらんでいくのだろうと思った。
世界観を塗りかえてくれる作品。
人は、たとえ間違ったとしても
それで終わりなんかじゃない。
変わっているように見える相手にも
なにかの事情があるかもしれない。
人にも、自分にも、優しい生き方を
するうえできわめて重要になる
これらの信条がまぶしい一冊でした。
主人公は本音をかくす小学六年生。
空気読むことに汲々としていた彼女が
本音しか言わない転校生と出会い
かかわるなかで、心を自由にする
生き方に目覚めていきます。
問題児とされる転校生の
奇妙なふるまいの理由が気になって
ページがどんどん進みましたよ。
葬祭にこだわる例の子の印象は
隠された事情が見えてくることで
ガラリ、変わりますね。
はじめは最悪だったのに
終盤では共感を覚えずに
いられませんでした。
欠けたものを補い合うかのような
友情の芽生えにも癒されたな~。
まず大事にしなくちゃいけないのは
自分なんだよという気づきは
全小中学生に読んで味わって
ほしいところですね。
本心をかくす少女と
本心ダダ洩れ少女の邂逅が
大人の心をも洗い上げてくれる
画期的な作品。
茶目っ気のある少年の好演にも
ぜひ注目してください。
(対象年齢は10歳以上かな?)
隣のクラスの転校生・アキトはやばいらしい。
噂のままな気もするし、単にバカ正直な気もするけど、自分の考えや感じることに自信がもてない美海はアキトの行動に振り回されながらも積極的に自分から距離を縮めることに躊躇いを感じていたが、次第にアキトを理解したいという己の気持ちに向き合い、謎ばかりのアキトの行動の意味を本人に問うようになる。
未来へ生きる活力で満ち溢れているはずの小学生が“死”に興味を示しているとしたら…。確かに少し奇妙で異物感は拭えないかもしれない。
でも、美海は“信じらんない!へん!”という気持ちの一歩先へ踏み出す。イイコのふりをしているんじゃなくて、やっぱりとても素敵な人間性だ。
集団で生活していれば周りに合わせることも必要となる場面は多いだろうけど、それが自分を殺してしまっていると感じる程ならそんなツラさは手放してしまった方がいい。
私が既に大人と呼ばれる存在だからよけいに、自分と自分をとりまく周囲との“違い”に揺れ動くやわらかな心に対してどう関わっていけばいいのか考えさせられ、美海の祖母の存在がとても素敵に感じました。
「ふつう」とはいったい何でしょうか?
小学校六年生の美海の「ふつう」と転校生のアキトの「ふつう」は違います。
もちろん読者の「ふつう」だって読んだ人の数だけ違うでしょう。
その「ふつう」とはとの問いを小学生でも分かるように描かれていました。
転校生のアキトは思ったことを言わずにはいられない子。
そんなアキトはあるきっかけで美海と友達になりたいという。
美海は思ったことを言えない性格でそんな2人の対比もとても良かったです。
大人だってテレパシーが使える訳ではないので、「いってくれなきゃわかんね」そんな場面に遭遇することもあるのではないでしょうか。分からないのになんとなく周囲に流されて相槌をうったり行動しているのではないでしょうか。
アキトの「空気読むのがそんなに大事なら、なぜ授業にしない?」その言葉にはっとさせられました。人と違う行動をすると空気を読めないと顰蹙をかったりもします。
それなのに誰も空気の読み方なんて教えてくれません。子供だけでなく大人も一緒に考える言葉だと思いました。
なまはげが「ワルイコいねが」とやって来たとき、きっと美海とアキトが2人一緒ならお互いに良いところを言い合えるから大丈夫!そう思えるほど友情を育んでいく姿に心を動かされました。
大人が読んでも言葉が心に刺さり、相手に言葉として伝えることの大切さを改めて感じました。
同調圧力、権力…見えない力に日々屈することばかり。そんな日常で強烈なパンチを喰らったような1冊だった。
序盤から不穏な空気が流れ、ゾワゾワっとする雰囲気も安東先生の作品らしい。
さらに世の中で一番怖いのは人間。一介の小市民のような人間達が生み出す、一見悪意のない思い込みのようなものが一番怖いのかも知れないと改めて感じさせられた。コロナ禍で流布された根拠のない噂話のことを思い出し、背筋がゾッとした。
人間の心の深いところに問いかけられているようでもあり、日頃の自分を顧みることでまた怖くもなった。
読み手や視点によってさまざまな感想が出てきそうなところが面白い作品。子供にも是非読ませて感想を聞きたい。
小学校高学年。友達や家族の他にも、自分の周りに様々な世界が広がっていることに気づき、あれこれと思い悩む事も出てくるこの時期の子供たちに、是非読んで欲しい一冊だと感じました。
スニーカーに入った違和感のエピソード。この違和感は何に変わったのか・・
ミステリーのような展開から、主人公の心の中に絡まった糸が解ける心地良さへ。素敵なお話でした。
やたらと年寄りに悪態をつく、秋田からの転校生アキト。
ただの変人かと思いきや、アキトはアキトで葛藤があったのだった。
じわじわと胸にしみわたる話。
美海の(というか作者の)言葉のセンスが一秀で、とても面白く読んだ。
ちょこちょこ出てくる秋田弁がやわらかく、寒い季節の話のはずが、心はほわんと温かくなった。
幼馴染の小太郎が、初めのうちは「やばいやつだから気をつけろ」と美海にアキトのことを忠告していたのに、おじいさんのお祝い会の車を待っている間に、少し話して打ち解けてきたら、自然とアキトを受け入れていて、そういうところがいいなと思った。
決めつけてほしくない
コロナの頃、小学生だったことを残念そうに言う
祖父母と暮らすことを特異に例えたり、だからやさしいのね、とか訳わからん理由付け
小学校6年生を思春期の入口だから、とわかってます、同調の不遜な笑み
転校生だから、と不要な気遣い
彼らは自らの経験で識る
~あたしたちの毎日はほとんど同じことのくりかえしだ。
でも、ちょっとずるちがっていくこともある。
今まで知らなかった人のことを少しずつわかっていく日もあるのだ、こんなふうに~
スニーカーのひもを結び直す心象にほぼ1ページを費やす
プロットにどれだけの時間を割いたか、著者の思案の深さを垣間見れた気がする
ほんとうの自分と、みんな用の自分。美海は相手の気持ちを考えて、嫌いなものを嫌いと言えないような女の子。思い悩むこともあるけど、スルーしてた。そんな中、転校生のアキトと出会う。彼女は自分の心と正義に忠実な直球でものをいう少女。ふたりの対比が面白い。関わりの中で刺激し合い、ぶつかり合い、知らなかったことを知っていく喜びを味わう。
性格が悪いってなんだろう。
秋田の風習のなまはげを通して、自分たちの心の本質と向き合う少女(と、少年)たちの物語
さすがだと思った。
安東さんのお話は、一筋縄ではいかない。
読んでいて、あれ、そうだったのか、と思うことが次々と現れる。
人は表面だけ見ていてはわからない。
静かにゆっくりとつながっていくうちにわかってくることが確かにある。
大切な宝物を差し出されたような気がする。
かみしめて読みたいお話だった。
転校生のアキトは、新聞のお悔やみ欄をチェックし葬式に潜り込むほど人の気持ちを気にしない女の子。美海は気の遣いすぎで何も言えない女の子。共通点の秋田の「ナマハゲ」は、2人の心に深く踏み込みどこへと導いていくのだろうか?
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津田アキトの性格や行動には開いた口が塞がらなかった。お年寄りへのあまりにもストレートな物言い。新聞の訃報から感じ取る生の感覚。「老たる死」への執着。まさに「心」がつくと悪人になる、彼女の名前「亜希人」そのものかとさえ思った。
一方、思ったことをなかなか口に出せない、自分よりも人のことを優先してしまうのが美海。
この2人の会話があまりにも不毛に感じて、いらだたしく思うこともあった。アキトは相手の気持ちがわからず、言葉のニュアンスを察しない。彼女にとっては言葉に裏は無い。そんな彼女に、数少ない言葉で察してもらいたい美海は手の打ちようがないから。
だから読んでいて、アキトを人と交われない「ワルイコ」と危うく断じてしまいそうになった。しかし、美海のばあばの指摘にはっとした。確かに、アキトは彼女なりに真剣に相対していた。共感性の低さを否定的に決めつけてらはならないんだ。
でも、そんな思いも、他人の葬式に潜り込んで「老たる死」を目にしようとしたアキトの行動で吹き飛んでしまった。でも、「うらやましい」は「うらめしい」という言い換えをきっかけに、再び、いや今度こそアキトの本心が見えてきた気がした。
2人の数少ない共通点は秋田生まれ。そこの『ナマハゲ』のセリフ「ワルイコいねが」とは、悪い子を探してるんじゃない。この子は悪い子じゃないんだと信じて守ってくれる人を探すためのものだったのか。そして、アキト=「亜希人」には悪い心は宿っていなかった。
雪の中での出会いでアキトの心も柔らかくはなった。でも、これからもアキトは誤解されることは多いだろう。でも、これからは彼女を信じてまもってくれる相手がいる。ふたりして歩んでいける。
そう確信して、最初は呆然としつづけたこの物語を、希望をもって読み終えることができた。
思った事を言わずに空気ばかり読む美海と、思いのままに振る舞う転校生のアキト。正反対の小学生の二人が、誰しも共通する死への道のりを考える。温かく澄んだYA小説。
何が普通で、何が正解なのか。空気を読む事はとても打算的で、それは自分の利益に繋がるはずなのに、何故かどんどん自分らしさが消えていく。周りに合わせる事のメリットと、合わせ過ぎる事のデメリットと。今まで信じてきた世界が揺らぐような、目眩い出会いをした二人の心の変遷に魅せられた。
言わないとわからない、でも言っても伝わらない事もある。それでも耳を傾け、知りたいと願う。そのもどかしさを思い遣りと呼ぶのかもしれない。
子供たちの距離の詰め方と言葉のチョイスが秀逸で、それぞれの個性が出ているのがとても微笑ましく印象的だった。既存の物差しも持ちながら、他に素敵な物差しを見付けたら加えてみるのも良いのかも。これこそが多様性なのだと思わせてくれる作品。
小学生の主人公視点で語られるので具体的に触れられてはいないけれど、
転校生は特性を持っていて、だから「思ったことをそのまま」しか口にできない。
それは考えてから物事を口にするものとの了解がある社会では、
異質に見えるし異物として扱われるけれど、本当にそうなんだろうか。
そんな気付きを得て、違いを違いとして受け止める主人公は、
器用そうに見せて実ば器用には扱いきれていない自分のココロと行動を、
もう少し自分の思いに沿わせることができるようになるだろうな、
という期待感を持たせてくれるので「いい子」に疲れた子にお勧めしたい。
ワルイコいねが・・・
はい!ワルイコに生まれてくる子なんて、たったの一人としていません!これは、きっぱりとそのとおりだから。みんなそれぞれ違いを持って、それぞれにすてきな宝物を心の奥に潜ませて、キラキラとこの世に生まれてくるのです!
ただ、どうでしょう。親だって未熟な存在です。「自らが未熟だ」と自覚していようが、していまいが、迷いながら生きているのです。自分のことだけでも、一生懸命です。だから、もっともっと未熟で儚い存在のこの子をどう愛したらよいのか?どう育てればよいなだろうか?・・・実はそんなの、ちゃんとはわかんないのです。だから、必死に良かれと思ってしたことが、我が子の宝物となるだろう個性を伸ばすよりも、個性で角を立てて傷つかぬようにと、知らず知らずこじんまりと育ててしまうのかもしれません。傷ついてなんてほしくない。宝物をのばす?命あってのことでしょう?
学校はどうでしょう。こどもたちは、親以上に未熟。こども達は未熟をぶつけ合ってしまいます。深く考えず。だから、美海のように、『うっかり自分の考えを言わないのがせいかいなのだ」ということになるのもあたりまえのこと。
今のこども達は、いぜんより迷いの中にあります。真っ直ぐに信じていいものを与えられず、まっすぐに物を言う機会をそがれ、まるで心に目かくしをせよと教えられているようです。
ナマハゲに「ワルイコいねが」と問われれば、自分じゃわからない。自分て何かわからないんだもの・・・
美海のばあば、アキトのじっちゃ。このふたりは、きっと、「うちのこは、とってもいいこです」まっすぐに、ナマハゲに宣言したことでしょう。子どもにとって、これがどれだけ、心強いことか。理由なんていらないのです。ばあばが、じっちゃがまっすぐに、自分を認めてくれること、この子は宝だと宣言してくれること・・・どれだけ、どれほど、このことが、こどものこころをまもることか。安心して、自分らしく生きていく 自信となることか。これは、安東みきえさんがこっそりとこめた、この作品の隠されたテーマかもしれません。
そして、ばあばや、じっちゃに愛された美海とアキトは、この作品で、自分が自分のことを好きになる旅をはじめるようです。
「他人にどう見られるか、他人からどういい子であると見られるか」ではなく、自分が自分らしくあり続ける努力と、自分を育てる努力で、「自分が好きな自分になろう」、そんな旅の始まりです。思ったことを言えない性格だった美海と、正直すぎて周囲の顰蹙をかってしまうアキト。お互いに考えたってわからない、ナゾのかたまり同士。そして、なぜかひかれある同士。おもしろいですね。
その旅は、自分とは違う存在と、ちゃんと向き合うことから始まるのですね。ぶつかることを恐れたり、忖度したりせず、誠実に相手に向かい合って、自分の思いを告げる勇気。そんな勇気を持てる友達に美海もアキトも出会えたのです!
いわなくてもわかるよね・・・どうやらそれは、都合の良い「いいわけ」です。ホントはなんにも解決してないのです。そう、自分の心に正直に違和感を無視せず、丁寧に、自分にも、相手にも向き合うこと。
お母さん、お父さん世代のみなさん、世の中、嫌な思いや行き違いなんて、あってあたりまえなのじゃないですか。我が子を大事に思うあまり、親の世代の皆さんこそが恐れて、ちっちゃくなっていませんか?
美海のばあばや、アキトのじっちゃのように、傷つけば守り、そして、また、行っといでと我が子と、世界を信じて送り出す。そんな勇気もくれる本です。家族で読めば、それぞれの世代にメッセージがある作品ですね。ありがとうございます。