きつねの橋 巻の三 玉の小箱
久保田香里/作 佐竹美保/絵
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刊行日 2024/07/18 | 掲載終了日 2024/07/28
ハッシュタグ:#きつねの橋巻の三玉の小箱 #NetGalleyJP
内容紹介
あやかしと人のかかわりを描いた平安朝ファンタジー
産経児童出版文化賞・JR賞を受賞したシリーズの最新刊!
ときは平安時代、京の都。
郎等の貞道は、上京してきた遠助という男と知り合う。遠助はある橋のたもとで女から小箱を預かり、京の届け先に行くという。小箱はけっして開けてはならないといわれていたが、二人はひょんなことから中を見てしまう。そこには光を放つ玉が入っていた。
一方、貞道と不思議な縁でたすけあうようになった白きつね葉月は、妹のように思う姫宮に仕えていた。しかし厳しく姫を教育する年かさの女房、中務の君がやってきたため、何かと対抗心を燃やすようになる。
やがて、姫宮の屋敷で働くことになった遠助は玉に魅入られたようになり、玉の影響のせいか、葉月もまた思わぬ力を振るってしまう。
貞道は、なんとか玉の小箱を正しき届け先に渡そうとするのだが…。
決して開けてはならぬ小箱に、秘められていた想いとは? ふしぎな白きつね・葉月と若武者・貞道の活躍を描く平安朝ファンタジー
出版社からの備考・コメント
【ご注意下さい】 ここに掲載している作品データは刊行前のものです。刊行までに内容の修正があり、仕様の変更がある場合もございますが、ご了承下さい。
おすすめコメント
『きつねの橋』シリーズ3巻目ですが、1、2巻を読んでいない方にも十分楽しめる内容となっています。
大河ドラマ『光る君へ』と同じ時代、場所を描いており、藤原道長など共通する人物も登場しています。
『きつねの橋』シリーズ3巻目ですが、1、2巻を読んでいない方にも十分楽しめる内容となっています。
大河ドラマ『光る君へ』と同じ時代、場所を描いており、藤原道長など共通する人物も登場しています。
販促プラン
【著者紹介】
作 久保田香里(くぼたかおり)
岐阜県に生まれる。現在は長野県伊那郡松川町に在住。第3回ジュニア冒険小説大賞に応募。『青き竜の伝説』大賞受賞。作品は岩崎書店より刊行。『氷石』(くもん出版)で第38回児童文芸新人賞受賞。ほかに『緑瑠璃の鞠』(岩崎書店)『駅鈴』(はゆまのすず)(くもん出版)『根の国物語』『天からの神火』(ともに文研出版) などを刊行。前作『きつねの橋』で産経児童出版文化賞・JR賞を受賞。
絵 佐竹美保(さたけみほ)
富山県生まれ。SF・ファンタジーの分野で多くの作品の表紙、さし絵を手がける。おもな仕事に『宝島』『不思議を売る男』『西遊記』『三国志』など渡辺仙州編訳の中国古典シリーズ、上橋菜穂子と組んだ『虚空の旅人』『蒼路の旅人』など「守り人」シリーズ、ほか内外の多数の作家から厚い信頼を寄せられている挿絵画家。
出版情報
発行形態 | ハードカバー |
ISBN | 9784035405900 |
本体価格 | ¥1,800 (JPY) |
ページ数 | 238 |
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
姫宮に仕える白狐の葉月と、それに寄り添う若武者の遠助。白く輝く玉を謎の女人から委ねられた遠助と巡り会うことで、2人は葉月らの過去と今を結ぶ不可思議と向き合う事に。
実在した武人や陰陽師達も頼もしく登場する、心優き平安絵巻の第3巻。
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遠助が委ねられた小箱に収められた白い玉。その輝きが増すのは白狐の葉月と関連があるらしい。それだけでなく、内裏で火柱が立ち上がるものの強風で鎮められたりと、一見関係のない事柄が続く。その中で、葉が宮姫の元にいられなくなってしまったのは、読んでいて辛かった。誤解され京に入れない身となったのを、貞道のおかげで入り宮姫の元に来れたというのに。
物語が進む中で出てくる、源頼光や源源 、賀茂保憲などとの実在した武人や陰陽師の日頃の振る舞いが平安の世の様子をしのばせ、またその頼もしい人柄が物語に落ち着きと深みをもたらしていく。
そしてとうとう、小箱を委ねた謎の女人と箱の白い玉の由来が分かり、それが皆といかに結びついていたのかがわかった時、感無量となった。
そして、念の為に行われていく大払いの夜。その中で平然と蛍を呼んで皆を楽しませる葉月の様子に、彼女の善なる本性の証に、心から安堵を覚えた。
これからまた遠助と葉月が織り成していくであろう物語が、愛おしく楽しみになった。
葉月がどんどんかわいく健気な様子で、貞道の葉月を気にかけ、思いやる気持ちに共感しながら読みました。姫君だけを心の支えにしていた葉月だけれど、貞道と出会ったことで世界が広がり、姫君を大切にする気持ちだけでなく、貞道に大切にされることで、最初は契約のような貞道との約束も、次第に貞道を大切に思う気持ちに変わっているように思います。この巻では、季武の家族とも親しくなり、ますます葉月は人間味を増していきそうです。でも、葉月は葉月らしくいてほしいので、中務のようになってしまうのは寂しい。貞道が葉月に言った言葉に安心しました。
平安時代を舞台に、少年武士・貞通と神通力を持った白きつね・葉月の交流を瑞々しく描く『きつねの橋』の第三作は、橋のたもとで謎の女から託された小箱に入っていた不思議な玉が、葉月にもたらすある危機を描きます。
妹のように親しんできた姫宮のもとにやって来た、厳しい女房・中務の君に苦戦する葉月。それだけでなく、謎の女が持っていた小箱の中にあった不思議な光る玉が、葉月を思わぬ出来事に巻き込んだことから、彼女は姿を消してしまうのです。
葉月の異変を知った貞道は、事態を収拾するため、小箱を本来あるべきところに戻そうとするのですが……
貞道と葉月をはじめとする個性的なキャラクターが不思議な事件に挑むというファンタジーとしての楽しさは、本作でももちろん健在です。しかし本作では、人と人(あるいはそれ以外)との関係性の変化と、それにどう向き合うかが一つの見所になっています。
自分は変わらなくても、相手が変わっていく。二人は変わらなくても、周囲が変わっていく。それをどう受け止め、どう行動すべきなのか――本作の葉月の姿からは、そんなことを考えさせられます。
しかし、たとえ変わっていくものだとしても、誰かと誰かが一時でも心を通じ合わせ、共に在ることは、素晴らしいものであることは間違いありません。
作者の作品は、過去のある時代を舞台としつつ、我々の暮らす現代にも通じるシビアな現実の姿を描きます。しかしそこには同時に、その中で美しく輝く、誰かの心が生み出す光の存在もまた、描いてきました。
それは小箱の中の玉の光のように、眩いものとは必ずしも限りません。あるいはそれは、蛍の光のように小さく儚いものかもしれませんが――確かに光はそこにあるのです。
本作は、葉月たちの姿を通じて、そんな光を描き出した物語です。
ある橋のたもとで、遠助は女から小箱を預かる。
小箱の中を決して見てはならぬといわれていたが、京に届ける前に中を見てしまう。
箱の中には、光を放つ白い玉が入っていた。
シリーズの第三巻。
前作を読んでいないので、巻頭の人物紹介で、ついていけないのではないか、と少しひるんだのだが、読み始めてみると、あれよあれよと引き込まれ、一気に読んでしまった。
鬼やらきつねやら、妖かしがいっぱいの話にワクワクが止まらなかった。
妖かしの葉月の術をも封じてしまうほどの迫力を持つ、年かさの女房、中務の君が、凛としていてかっこよかった。
これは一巻から読まないといけない。
やはり、久保田香里さんの世界は、おおらかに澄んでいます。佐竹美保さんの挿絵は、わたしを平安の世にスリップさせてくれる薫る風のようです。今回の『きつねの橋』は、更に磨き込まれた清々しさと、絞り込まれた明快さがあります。
わたしは、久保田さんから、二つの思いを受け取りました。一つは、「うごかせぬもの」の大切さ。そして、もう、一つは、「おのれの目にしたもので見きわめる」ことの大切さ。
今のこの国では、「多様性」を持ち上げて人と人の間に壁を作り、社会をバラバラにしているようです。だから、多くの人は、踏み込んでけがをするくらいなら、深く考えることを諦めている。他人のことに深入りすることはもちろん、自分のことさえ深く考えられないままに、知らず知らず誰かが作った「世間の風潮」に同調させられているのではないかという気がします。偽物の”平安”を生きているような気がするのです。
たしかに、この国で、のんびり暮らすだけでは、命をなくすような修羅場には出くわすことはあまりないけれど、実は、ゆでガエルのような生き方をしているのではないかとふと不安になります。世界は動いていて、この国にも不穏な鬼の胎動があるのかもしれない・・・
本当は、今、手放してはならぬものを手放そうとしていませんか?自分にとって大切な選択から目をそらしてはいませんか?
久保田さんはわたしたちに、どうか我に返って、たおやかで美しいこの国の心をとりもどせと、願いを込めている、そんな気がします。
平安の世には、あやかしの力を持つきつねやら、鬼やら、身分の違いやら、今の人には受け入れられない厳然としたリアリティがある。認めざるを得ないものがある。複雑な可能性・選択肢のある時代ではない分、この平安に生きる貞道や葉月、姫宮や中務の君には、気持ちの良い、深さがある。潔さがある。そんな気がします。自らが、知らなければならないことを知って、自分の人生を生きていこうとするものには、凛とした、清々しさ、明るさ、やさしさがある。そんな気がします。
どんな世であれ、「うごかせぬもの」は間違いなくあり、「おのれの目にしたもので見きわめる」ことが大切なのは変わりないはず。
現代のこの国に生きるのは、とても複雑かもしれません。それは、現代のあやかしも、鬼も、平安の世より巧妙に進化しているからでしょう。でも、そこで、どう「うごかせぬもの」をいとおしみ、守ることができるか。情報の波に溺れず、流されず「おのれの目にしたもので見きわめる」ことができるか、それが今に世界に生まれてきたものの定めのようです。ありがとうございます。