
小説
野﨑まど
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刊行日 2024/11/18 | 掲載終了日 2025/03/06
ハッシュタグ:#小説 #NetGalleyJP
内容紹介
なぜ人は小説を読むのか。小説とは何か。物語を愛した日々を経て、物語に裏切られた少年たちの果てしない物語。
小説を愛する人。
小説を愛した人。
すべての人に贈る、
小説の、小説による存在証明。
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◆読者を唖然とさせる飛躍とどんでん返しが待っていて、「小説」の意味を痛切に問い直す。――小川哲(作家)
◆何もかも投げ出して小説に没頭するうしろめたさを知るすべての人に捧げたい傑作だ。――大森望(書評家)
◆小説を愛するすべての人に届くべき作品だ。――けんご(小説紹介クリエイター)
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―あらすじ―
5歳で読んだ『走れメロス』をきっかけに、内海集司の人生は小説にささげられることになった。12歳になると、内海集司は小説の魅力を共有できる生涯の友・外崎真と出会う。2人は小説家が住んでいるというモジャ屋敷に潜り込む。そこでは好きなだけ本を読んでいても怒られることはなく、小説家・髭先生は2人の小説世界をさらに豊かにしていく。しかし、その屋敷にはある秘密があった。
小説を書くことで失われる世界の均衡、読むことで広がる無限の心。
宇宙最高の愉悦のすべてが、今明らかになる。
#野﨑まど #野崎まど #まど小説
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著者/野﨑まど(のざき・まど)
2009年『[映] アムリタ』で、「メディアワークス文庫賞」の最初の受賞者となりデビュー。 2013年に刊行された『know』(早川書房)は第34回日本SF大賞や、大学読書人大賞にノミネートされた。2017年テレビアニメーション『正解するカド』でシリーズ構成と脚本を、また2019年公開の劇場アニメーション『HELLO WORLD』でも脚本を務める。講談社タイガより刊行されている「バビロン」シリーズは、2019年よりアニメが放送された。他の著書に『タイタン』など。
出版社からの備考・コメント
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おすすめコメント
奇才か鬼才か天才か―― 野﨑まど最新作は期待度∞?危険度∞?
◆ 担当編集者より ◆
本書は一度でも小説に時間を奪われ、あるいは小説に心を動かされ、乱されたことのある人には読んでいただきたい一冊です。
小説を開き、その世界に救われたことや、その世界に呪われたことがある方にこそ、この本が届いてほしいと願っています。
少なくとも、私はこの本を担当することで世界の見方、見え方が変わりました。小説を読んでいていいんだと、心から思わされる一冊です。
販促プラン
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★★★
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恐れ入りますが<講談社 出版営業部>まで直接お問合せをお願いいたします。
★★
出版情報
ISBN | 9784065373262 |
本体価格 | ¥1,950 (JPY) |
ページ数 | 224 |
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圧倒的な筆致と知識量で語られる幻想と現実の境目のような曖昧模糊とした世界に迷い込んでしまった。心地の良い酩酊感。子どものときから小説が好きで、もう何十年も読んでいる。ただひたすら読んでいる。それが何かになるかと問われたら明確な答えはないように思う。好きだから、集中できるから、趣味だからとしか言いようがない。しかし『小説』を読んで、小説を読み続けることは自然の摂理にかなっているのだと妙に安心した。このままひたすらに小説を読んでいいんだと。世界は秒ごと変化し続けているが、人類が存在する限り小説はあり続けるし、いつかなくなるとしても最後まで読者でありたいと思う。
それと、カバーが最高にかっこいいです。売り場でとても目立ちそうです。

髭先生に導かれ本が大好きになった小学生の集司と真は、読み手と書き手となる。突然失踪した真を探す旅路の果てに、集司は「小説」が存在する訳と対面する。
この世の理を超えてまで我々の存在を支えるのが「小説」。その驚愕を体験して欲しい。
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髭先生と出会うことで更に小説にのめり込んでいく、小学生の集司と真。2人は成人し共に暮らしながら、「小説を読む側」の集司と「小説を書く側」の真となる。そして、真の突然の失踪。
丁寧に丁寧に2人の心情を追い続けてきたストーリーがここで一変するとは。真を探す集司の苦行としての探索行が始まる事になるとは。その急展開と登場する存在達に目を見張った。
そして、その展開のあまりにも大きなスケールと、「小説」という〝存在〟が今まさにおこなっている意味に、その存在がこの世の理に対してまでして行なっている行為に驚愕しかなかった。更に、〝円環〟で追い討ちをかけられてしまった。
書く側と読む側に分ける必要はない。小説を「書く事」も「読む事」も、全存在に向けてのあまりにも偉大な行為に共に参加しているのだから。
さて、「小説」を読むとしようか。

入力しかしていない後ろめたさを抱えていない小説読みはいない。書けるんなら書いている。読書感想文すらろくに書けないのに、ひたすらインプットし続けるこの後ろめたさ。そこをまさか全肯定してもらえることになるとは思わなかった。
この物語は、私のための物語だ。
そう思える人がたくさんいるだろう。読めてよかった。ありがとうございます。

本が大好きでたくさん読んでいるのに、うまく感想を伝えられないと悩む人にすすめたい本です。実はわたしも同じことを悩んでいました。正直、不思議な物語だなと思いながら読んでいましたが、「小説を読むとは」の答えを得るためには必要な伏線でした。「小説を読む」ことの答えを知れば、本への向き合い方が変わるかもしれません。読了したいま、今後本を読むわたしの中に主人公 内海がいてくれるような気がします。

内海集司の読書との関わりと、ともに読書に耽溺する仲間である外崎真との出会い、モジャ屋敷に住む小説家の髭先生との交流。読書好きには夢のようなシチュエーションでした。内海集司は、なかなか客観的に物事を見られる人物に成長していて、外崎のサポートも外崎の良さを最大限活かせるように心を砕いていたことが印象に残りました。終盤で失踪した外崎の行方を追った先で、自分の中にある苦しみから救われる結末が良かった。そこにある仕掛けにも大変驚かされました。「孫」の内海集司を快く思っていなさそうな態度の理由が意外と微笑ましいです。

この小説が刊行されたときにどう周りにおすすめしようか、読み終えたあとはそのことばかり考えていました。小説が大好きな私の琴線に触れる、"嘘たち"。どう表現すれば、この『小説』の素晴らしさが伝わるのか、今でも自分にとっての正解は見つかりませんが、見つからなくてもいいのかも、とも思います。なぜなら一度読んでしまえば、その読者には必ず伝わると確信しているから。自分の不足した語彙や表現力でこの『小説』の評価を少しでも小さなものにしてはいけない、と恐れる程、私はこの作品が好きなのです。私の本棚に『小説』が並ぶのを心待ちにしております。ありがとうございました!

小説ってなんなのか、小説の存在意義、小説を読む私たちとはなんなのか、読む意味とは。そんな答えのなさそうな疑問に答えてしまう恐ろしい小説でした。凄まじくて恐ろしいが、何かわかった気がして安心しました、すごい小説。

小説を読むのに理由なんてない。欲するのだ。心が、脳が、身体が。
そんな小説と共に生きる者の、言語化出来ない複雑な感情を、ギュッとハグして包み込んでくれる『小説』は、私達の代弁者だ。いや、救世主であり相棒である!
美しい表現の世界に酔いしれて、登場人物達と同じ目線で物語の中を旅する。
私の精神は読み終えた今も『小説』の中に在り続けている。物語は読み手の中で続いていく。ずっと生き続ける。
前よりもっと、顔を上げて生きていける強さを手に入れた。

小説ってすごい。わたしの好きなもの。本当にすごくて、嬉しい。…なんてじんわり感動を噛みしめていたら、別の感動でぶん殴られた。そして、「小説ってすごい、読めて嬉しい」と、また感動新たに本を閉じた。明日また書店(職場)へ行って書棚の間に立ち、小説に囲まれるのが楽しみだ。

こんなに心が震える小説に出会えることは、人生に数度しかないと思う。
「小説」というある種不遜なタイトルと神秘的な色合いの表紙に違わぬ、期待を遥かに上回る小説に圧倒された。読めてよかった。出会えてよかった。
小説に出会い、ひたすらに読む幼少期を送る内海集司と、唯一の友人・外崎真。ふたりが忍び込むモジャ屋敷。有名な作家らしい髭先生。ここまででグングンと世界に引き込まれていく。鬱蒼とした森のような中に佇む、作家の屋敷なんて、そんなのロマンじゃないですか。
秘密主義で作家名も本名も教えてくれない、けれど小説の話をすると饒舌な髭先生との交流、文章の才を発揮する外崎、小説を読み続ける内海。モジャ屋敷に二度目に行ったとき、ふたりが髭先生に怯えて隠れた書棚で「ホビットの冒険」を読み始めて夜が更けてしまう場面が最高に好き。外崎の小論文を読んだ髭先生のコメントを聞く、内海の心の動きも。小説読みあるあるがふんだんに詰め込まれている書でもあり、小説書きの隣で「小説を読み続ける」人間の苦悩がひしひしと伝わってくる本でもある。
そして外崎が書いた小説が世界を動かそうというそのとき、内海の内面にも大きな波が訪れ、それは世界の真理に触れる「問い」を連れてくる。
小説を読むことのよろこびを、没頭して、没入して、本の中以外にはなにもなくて、世界がそれだけになる、その感覚を思い出させてくれる一冊だった。絶対にまた読む。折に触れて、読み返す一冊になる。そんな予感がする。

5歳で読書に目醒めた少年が、12歳で本を通して友を得て、知らない小説家の家に入り浸っては、より深く沈んでいく。「小説」に魅せられ、囚われ、共に生きてきたすべての読書家に放たれた、自分と世界の繋がりを教えてくれる「小説」の小説。
国語の知識だけですべてを補おうとする所など、読書好きには堪らない内海の設定に共感だらけ。「小説」と初めて出会った時のあの目映い煌めきと、他の事が手につかなくなり空気のようにひたすら吸収し続ける集中モードと、一種の麻薬のような作用を発する「小説」の真髄に迫った作品。
少年たちと不思議な小説家との交流だけで満点の心躍る内容だが、そこに哲学的要素も加わり意外な所に帰結するのもまた面白かった。
難しい事はよくわからないが、とにかく自分は今後も一生「小説」を読み続けるだろうと確信した。

子供の頃から本の虫である主人公と友人。友人は書く才能を開花させていく。主人公はただひたすらに本を読む。そんな二人の友情が描かれた作品であると思っていたら、終盤で一気に世界観が変わった。
あまりの急展開に戸惑いながら、どうなるのか気になってどんどん読み進めた。根っこにあるのは深い友情であることに変わりないが、そんな秘密が隠されていたとは……とそれまでの展開が一気に頭を駆け巡った。
私自身が書店員ということもあり、主人公に深く感情移入することが出来た。読み終えた後、小説という存在がより大きなものになった。

本書を読んで、小説の魅力を特異な視点で考える良い機会になりました。子どもの頃、初めて小説を読んだ時の感動が蘇り、さらに小説について新たな発見がまだまだあることに気づきました。いつのまにか不思議な世界に引き込まれる読み応えのある作品です。

最初は父親が喜ぶ姿を見るために背伸びして読み始めて、最初は孤独なものだった読書が、外崎と運命の出会いを果たし、小説家が住んでいるモジャ屋敷に一緒に潜り込んで、好きなだけ読書する日々を送るという本好きになってゆく過程がなかなかルアルで、けれど読書することしか出来ないと思っていた外崎の類稀なる文才に気づいてしまい、何者にもなれない自分を突きつけられる葛藤、自分が好きな本を読むだけで生きていくことも難しくて、彼の切なる問い掛けにはなかなか来るものがありましたけど、その熱量のある密度の濃い物語とその結末には凄いものを読んだ感しかありませんでした。

純文学ではないながらも文芸小説かと読んでみてラノベ感を覚えた、というのが正直な感想です。
「小説」という直球タイトルで書くなら、飛び技に頼らず小説の魅力を伝えてくれたらよりよかった。
もちろん現実では起き得ないことを描くのも「虚構」の魅力の1つではあるのだけれど。
地に足のついた現実と並行する世界の中でも小説の魅力は語れたのではないかと思ってしまい、
本の魅力にとらわれるまでを描く前半に比べて後半は一歩引いて読んでしまいました。

現実よりも読書に時間を使いたい。読むだけで十分に満たされる。感想は自分のなかにあればいい。
読み手はそれじゃいけないのか?小説は何のためにあるのか?
孤独な読み手が、もうひとりの読み手と出会い、本を通じて友情を育む。しかし、次第に小説に対する思いに変化が起こり...
ファンタジーでもあり、SFのようでもあり、成長物語でもある。いろんな「嘘」を見せてくれる、これぞまさに「小説」!

小説を読むことに、意味はあるのか。
私が書店で働きたいと思ったのは、素晴らしい小説を読んだときにその良さを文章やPOPで伝えたかったからで、前よりずっと小説の世界に近づけて、小説に報いられたと感じられる瞬間もたくさんあって、それがすごく嬉しい。
でも、それができるのは、紹介文を書いて発信できる精神力(本当は能力と書きたいところだけど…)があるからだということも書店に勤めていてひしひしと感じる。
小説をお勧めできることが小説を読む理由にはならないけど、多分私は報いることができると感じているから、読むことの意味に疑問を持たなくて済んでるんだと思う。
じゃあ、読んだ小説をただ素晴らしいと感じることは、その感動が何にも繋がらなければ、意味がないのか。
こんなにも明確な答えをもらえると思わなかった。
素晴らしい言葉に涙があふれる…。
たしかに「小説」を読むことは、こういうことだ!!!

小説を読む。好きだから読む。そこに意味はなくとも読む。
そこでふと、生み出してくれた著者を思い、その苦しみを想像し、申し訳なくなることがある。消費するばかりで良いのかと。
この小説はそんな読者に向けた救済の物語であり、全ての著者が人生を賭している証であり、真理であり、嘘である。
美しい言葉で綴られるラスト、書く者と読む者の関係に涙なしでは読めない。
読むことをこんなにも肯定され、私たちは幸せな読者だ。これからも著者に敬意と感謝をもち小説を読み続けようと思う。

救いの神現る!
本好きな私にとって、強烈に刺さる作品だ!
読書中には自然と心の中で感じることがたくさん蠢き溢れ出ていたというのに、読後いざ言語化しようとすると上手く表現できない。書店でお勧めしたい作品のコメントやPOPを一生懸命作ってみるけれど大抵しっくりこない。アウトプットが本当に不得意。輝かしい作家さんの魅力を半減させてやいないか、、、と悔しくも悩ましい日々を過ごしていた。
読むのが好き!だけではいけないの?(涙)
常々思っていた。答えを探していた。あまり腑に落ちない巷の答えをいつくか自分に取り込んで、これでいいのだ!と納得させていた。
が、この作品が教えてくれた。めちゃくちゃスッキリと鮮やかに。
はい、もう答えが出ましたね。悩める本好き羊たち、黙ってこれを読もうじゃないか。世界がきっと変わるでしょう。

昨今、何をするにも理由を求められます。それは、人たるもの常に何かをしなくてはいけない圧力にも近いような気もします。この本は「読む」ことをただただ愛すること、それでいいと肯定してくれます。その圧倒的な肯定感から得られる解放感ははかりしれないような気がしました。

これまた最初と最後の印象が大きく違う物語も無い。
野崎先生の著作でもスケールの巨大さは他の追随を許さず。
そして全ての"本読み"が欲しかった言葉をこの物語は与えてくれる。
それこそがこの作品を読むことで得られる最大の愉悦かもしれない。
ミステリでファンタジーで最終形が自己肯定っていうのもスゴイ。
なにはともあれ読むべし!

内海修司の中には私のカケラがある。
多分そう感じる読者は多いだろう。
なぜ小説を読むのか。
読んだからと言って、素晴らしい人間になっているわけではないし、何か大きな事を為したわけでもない。
これまで小説を通じて、たくさん癒され、勇気づけられ、誰かが傷ついた時に、傷を癒すような言葉をかけてあげられるわけでもない。
ただ読むだけの私は消費してるだけではないか。
作品を、作者を、誰かの命を。
そう思うことも度々あった。
そんなこれまでの私も、今の私も、これからの私も、この本は肯定してくれた。
本当にありがとうございました。

この本の物語はとても読みやすかったです。
さまざまなジャンルが組み込まれていました。小説を「読む」ことと「書く」ことに逃げずに真正面から向き合い、一つの「意味」を見出してくれた作品でした。
後半部分に少しファンタジックな要素が組み込まれていて、私は若干読みにくいと感じましたが、全体を通してとても面白い作品でした。
この小説に出会えてよかったです。

小説/野崎まど 講談社
全身が鳥肌モノの衝撃、ものすごい一冊
本を読むのが好きな、いや、ひたすらに本を読むことしか出来ない内海と外崎は、
古い洋館に住んでいる髭もじゃの老人と出会ったことで、
その館の中にある読み切れない程の古今東西の小説に夢中になる
積み重ねた読書による知識を持っていても、何も生産しない、何も生み出せない
そんな自分に葛藤する内海「ただ、読むだけではだめなのか」
しかし、外崎は違っていた「自分も書いてみたい」
社会生活も満足に出来ない内海と外崎はどうなっていくのか…
古今東西の小説が登場しながら第三者目線で語られていく2人
この哲学のようなファンタジーのようなSFのような物語は
どうなるのか・・・と思っていたら、
神の奇跡で神羅万象を一気に理解させられた、としか言いようのない
全身が震える程の衝撃を味わい、壮大な気持ちに酔いしれました。あぁ凄い。
素敵な物語をありがとうございました。

小説とはなんだろう?
真っ向から小説とは?と問われたことはないが
人の心にある虚構であり、嘘であることだとしても
読書で得られたものは、私の心の栄養となり、考えるもととなる。
野﨑まどさんの「小説」はファンタジーやミステリーの要素もありワクワクしました。それが小説なんですね。
読むだけの小説はアリです。

タイトルの「小説」とは?
小説家の話なのか、何なのか?と思っていたらとんでもなく壮大な話だった。
ただの物語として読むこともできるけど、こちらが小説というものについて考え始めた瞬間、作品はまるで別の姿を見せる
この『小説』は、単なる物語ではなく、読むことで「小説」というものについて考えさせられる作品でした。

「小説を沢山読んでも、虚構をどれほど溜め込んでも、それだけでは何の価値も認められはしないのだ。現実で何かを為さない限り。」これは私が日々なんとなく感じているモヤモヤしたものをはっきりと文章化しているのでは?と衝撃だった。読了のたびに自分の中に何かは残るもののそれ以上ではなく、誰かにそれを感想として伝えるかというとそれも得意としておらず、ただの自己満足で終わる。それを罪悪感とまでは捉えていないけれど、そこに費やす膨大な時間は何かやるべきことを後回しにしたり放置したりということになり、本当にそれでいいのかと時には焦る気持ちになる。具体的に悩みとまでなかったなかったものを悩みと認識させられ、そしてそれでいいんだよ許されたと思えた。内容的には難しい表現が多く全てを理解したとは言えないけれどこの作品に出会えてよかった
さあ次はどれを読もうかと積読本の前で迷うのがまた楽しみです

言語学であり物理学であり哲学書であり小説である
序盤(と言っていいのか)のストーリーが後半の内容と絡まり合い、終盤でこれまたストーリーに戻る
『ソフィーの世界』を彷彿させるような、小難しくも次第に理解しい面白いと思ってしまう
頭をフル回転させながら読む小説は久しぶりでした
ジムで体を動かしたような心地の良い疲労感があります

小説を介して親友になった男子2人は、とある作家と出会って小説に没頭してゆく。なぜ2人はそれほどまでに小説に入れ込み読むことをやめられなくなったのか。小説好きな人には、たまらなく魅力的でうらやましいモジャ屋敷を舞台に明かされる『小説』というものの正体に打ちのめされるに違いない。

小説とはなにか。
小説という世界を知った二人の少年。
小説がなぜ書かれて、なぜ読まれるのか。
知ろうとすればするほど、わからなくなる。
でも、読むだけでいい。
きっと小説という意味を知ることができるだろうから。

子どもの頃から本が大好き。小説を読む。楽しい。嬉しい。悲しい。悔しい。恐ろしい。おもしろい!読んでいる間はたくさんの感情が溢れる。
なのにアウトプットできない。読書感想文を書くのも、書評を書くのも、POPを書くのも苦手。書店員なのに。
読むだけじゃ駄目なのか。
それを小説に肯定してもらえるとは。
とても不思議な小説だった。それほど長くないのに情報量に圧倒された。とくに後半からは壮大で奇想天外で…ちょっと難しくて。すべてを理解はできなかったかもしれないけど、読んでよかった。
おもしろかった!

途中まで読んでいて一人の“小説読み”として本当に辛く苦しかったが、まさかの終盤の展開に「え?ちょ、ええっ!!?」と目を白黒させながら一気に読み終えました。そんな展開になるなんて、想像つくわけがない…!!きっとこの小説で救われた本読み仲間達は数多いのでしょうね。色々な意味でこの小説は稀有な存在です。

散りばめられた髭先生の謎のピースが、ひとつの物語としてハマった瞬間にふたりの少年の想いみたいなものが溢れてきてひっそりと泣きました。“読むだけじゃだめなのか”の言葉に心をぐっとつかまれ、小説を読むことの意味を考えさせられました。

ひたすら小説を読み、その世界を堪能している内海を眺めるような物語。
髭先生のお屋敷で貪るように本を読み続ける、内海と外崎、2人の姿はとても純粋で、一見、社会不適合者のようでもあるのに羨ましくなる。
本を読むという沼に浸るのみかと思えば、ファンタジー?SF?と思わずにはいられない展開もあり、自分の足の裏がどこに接地しているのか分からないとても不思議な気持ちを抱えたまま、“読む”という行為の本質、それだけでも良いんだと許されたような奇妙な感覚が残った。

自分自身は割とインプットだけでなくアウトプットもしたい方なので、「読むだけ」の人はつまらなくないのかな?と思っていた。でもまあ小説を読めば心が豊かになっていいよね、となんとなく思ってはいたが、それをこんなにも壮大な方法で手間をかけて世界の真理として説かれるとは思ってもみなかった。物語の全てが「小説」に繋がっている。「読むだけ」でいいのだ。世界はそういうものなのだから。

読み始めてから正直合わないかなと思った。展開が変わる時が突然すぎたりくぎれに行間がなかったりで読みずらいかなと。物語的には面白く少年2人の友情とか心のきびとか結構好きなのになんでこんな読みずらいんだろうと残念に思ってしまった。しかしそれら全て私の思い込み。種明かしというかわかった途端に鳥肌がたちました。そういうことだったのか。面白かったです。

後半やや世界観に置いて行かれ、私は小説読みスキルが足りないな…と感じた。急速に世界が広がって最後にそれらが元の場所へ収束していく感覚は面白かったので、ついていけたらもっと楽しいのだと思う。没入力を問われる。いずれリベンジしたい。

内海集司は、父親のために、同世代のこどもが読みそうにない難しい本を今日も読む。それが父と子の絆だった。小学生の時、鋭い着眼点の外崎と出会い。二人の間を物語が行き来する。その隣に謎の洋館に忍び込むまでは。膨大な書籍の数に圧倒されながらも魅力されるまでは 。
洋館に、おびただしく数えきれない程の書籍の壁は、読書家には堪らないシチュエーション。

「なぜ本を読むのか?」「読むだけじゃだめなのか?」本が好きな人なら、きっと一度は同じような思いを抱いたことがあるのではないしょうか。私はあります。うまいレビューも書けず、ただ読むだけの自分と本との付き合い方に後ろめたさを感じることもしばしばです。なので内海君の気持ちはとてもよくわかるし、面白い本と出会った時のワクワクやそれを共有できる友人の大切さも、まるで自分のことのように読みました。文章のテンポやちょっとシュールな面白みが何とも心地よく、終盤に掛けての展開には驚きつつも、時を経てまた出会い直したかのような二人の姿に胸がアツくなりました。決して多くはないページ数の中に、たくさんのことが凝縮された小説です。

小説を読む全ての人が救われる物語でした。最初は小説が大好きな少年二人と髭先生の心温まるジュブナイル小説かと思っていたら…まさかこんな展開になるとは。全てが繋がった時涙が溢れていました。「一番大切なのは、自分の内側を増やすことだけだ」これからもどんどん自分の内側を増やしていこうと思います。

本屋大賞ノミネート作品にひときわ攻撃力の高い装丁が目に入ってきて「!」の文字が頭上に見えるくらい、いえ、見えていたはず。
完全にノーマークでした。
星の数ほどある小説から1冊を選び読む。読み終わったらまた読む…
小説とは何なのか?
なぜ私達は小説を読むのか?
小説の良さを分かち合える友達との関係性がある事を境に別々の人生の道を歩み出す。この辺りが誰もが経験したであろう、友情のほろ苦い部分。
さらにミステリーなのかファンタジーなのか、哲学的な文章もあって…とにかく読了後お腹いっぱいな作品でした!
出会えてよかった「小説」です!

小説は、「読むだけでいい」その到達点に至るまでの高みに震えがきました。物語を読んで何になるのか、もっとビジネス書や人文書を読んだ方が良い、そんな声を歯牙にも掛けない孤高の存在証明に胸が熱くなりました。
この作品に救われる本読みがどれほどいるのか、その一人としての感動は言葉に尽くせません。
本が何かをしてくれるわけじゃない、現実は何ひとつ変わらない、それでも本を読むのだというただそれだけのことに、今まさに救われた作品でした。
内海と外崎の二人のように読者と作者がお互いの存在を小説という輪廻で手繰ってゆく宗教のようにも感じました。

読後の衝撃でなかなか次の本にいけない、といった経験はあれど、またすぐに新たな一冊に手を伸ばしたくなるという、とても新しい感覚を覚えたのははじめてかもしれません。書店員として、「小説」に関わる人間として、この本を読むことができて良かったと思います。

小説とはなんなのか、読書とはなんなのか。
幼いころ父親の気を引き、愛されるために飲み始めた本がいつしか人生そのものになってしまう。
読書の魅力とはなんなのだろう。
私は幼い頃、何に魅了されたのか…。
私がじっとお買い物についていくことが苦手で、物心ついたときにはあ本屋さんに置いていかれていた。小説を読むことで本と自分だけの世界に入り込めることが私を小説の虜にしたのだと思う。幸い、読書に理解のある両親だったため好きがこうじて書店員になれたが、もし違う道に進んでいれば小説を読み続けることに苦しんだかもしれないなと思う。もしそう思っている方たちがいたとしたら、この小説で救われるのではないだろうか。

私には難しくて、読み進めるのに苦労しました。
本を読むのは昔から好きだったけれど、感想文は苦手で、すごく好きな本を私の拙い文章では伝えきれないと思っていました。だから「読むだけでいい」という言葉には救われました。

本屋大賞にノミネートされており、先日YouTubeチャンネル「ほんタメ」が選ぶほんタメ文学賞の大賞を受賞した本作。小説とは何かという壮大すぎるテーマに対して、一定の解答が記されているとは思う。読むだけではダメなのか?書かなければいけないのか?という読書量の深い人間であれば一度は立ち止まるところに、救いとなるような解答はあるのか、、、ぜひ本書を手にとって確認してみてほしい。