プロヴォーク 中平卓馬をめぐる50年目の日記
柳本尚規
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刊行日 2024/02/02 | 掲載終了日 2024/01/28
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内容紹介
「激動」と表現されることの多い1960年代後半から1970年代初頭。
総合雑誌『現代の眼』編集者時代に東松照明、寺山修司らの連載を担当していた中平卓馬は、同時代に活躍する表現者たちの仕事に触発され「写真家になる」ことを決意する。やがて中平は多木浩二、岡田隆彦、高梨豊とともに、写真同人誌『プロヴォーク』を1968年に創刊(2号目からは森山大道も参加)。
中平の作品発表の場は、『プロヴォーク』のほか、『現代の眼』『朝日ジャーナル』『アサヒグラフ』『デザイン』といった従来のカメラ雑誌とは異なる媒体を中心としていた。中平は言論の場とどのように関わり、どのように写真と向き合っていたのか。
中平卓馬と共に写真家となり、共に行動し、その姿を傍で見てきた一人である著者・柳本尚規が、伝説になる前の、20代後半から30代前半の中平卓馬の姿を描く回想記。
1960年代末から70年代中頃にかけて、写真家、批評家として精力的に活動した中平卓馬。彼の撮る写真群は「アレ・ブレ・ボケ」と称され、当時の若者の心情と共振し話題となった。しかし中平の写真は本当に「アレ・ブレ・ボケ」だったのだろうか。活動を傍で見てきた著者だからこそ語ることのできる中平卓馬の姿とは――。
出版情報
発行形態 | ソフトカバー |
ISBN | 9784924671638 |
本体価格 | ¥3,850 (JPY) |
ページ数 | 440 |
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
1960年代から1970年代にかけて中平卓馬さんと共に写真家となり、その姿をそばで見てきた著者・柳本尚規さんが描く中平さんの回想録。
中平さんのことも、中平さんが活躍された時代も私は知らない。
2月6日から東京で大回顧展が開かれるとネットで知り、その公開されている写真に興味を持っていた。
そしてこの本が公開され、どんな人がこの写真を撮ったのか知りたくてリクエストしました。
学生闘争や、新東京国際空港反対などが起こっていた激動の時代。
初めから写真家を目指していたわけでもなく、翻訳などで生計をたてていた。
写真家の定義について柳本さんとのやり取りには納得してしまう。
「自分が写真家だと思えば写真家なんだ」こうして二人は写真家になっていく。
寺山修司との交流や、森山大道との比較なども興味深かった。
また、331頁の『アサヒカメラ』1969年12月号に載った「物の影の底にあるもの」というタイトルのエッセイが印象的だった。写真初心者である私にはこの言葉の本当の意味が分かる日が来るのかは分からないが、手帳に書き写した。
きっと中平さんの写真を実際に見たあとに、この本を読めば理解できる箇所もあったのかもしれない。
44頁に書かれている「焦点距離は年齢とともに大きくなる、と言われる。望遠系にになってゆく、両角が狭くなっていく傾向が否めないというのである。視野が狭くなってゆく、自分中心主義になってゆく表れと言えることだ」28ミリレンズから中平さんの写真家としての人生が始まった。中平さんの本当の姿は私の知識では掴みきることが出来なかった。ただ実際に写真を見てみたいその思いが強く残った。