愛は時間がかかる
植本一子
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刊行日 2023/04/27 | 掲載終了日 2023/04/28
ハッシュタグ:#愛は時間がかかる #NetGalleyJP
内容紹介
『かなわない』の著者による、4年ぶりの新刊!
「誰かのつらさに、大きいも小さいもない。」
3カ月にわたる、トラウマ治療の記録を書く。
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治療を始めてすぐ、これは記録しておかなければ、と思いました。まるで人生の総ざらいのような時間。自分がどんな人生を歩んできて、傷つき、こうなったのか。
状況は違えど、きっと似たような境遇の人がいるかもしれません。その人のためにも、こんな方法があるのだということを知らせなければ。そのために書かなければ。
書くということは、自分のためであり、それ以上に誰かのため、いま読んでくれているあなたのためなのだと、今回強く実感したのです。
(本文より)
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【目次】
はじめまして おひさしぶりです
こんな自分と生きる
助走 トラウマ治療⓪
遺言のようなもの
私は守られていた トラウマ治療①
三人のハイムシナジー
お椀を買いに行く トラウマ治療②
砂金 葉山の砂 トラウマ治療③
私は愛されていた トラウマ治療④
五年
同じ名前 トラウマ治療⑤
拝啓 中野先生
未来の鋳型 トラウマ治療⑥
あかるいあきらめ
あとがき
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【著者プロフィール】
植本一子(うえもと・いちこ)
写真家。一九八四年、広島県生まれ。二〇〇三年、キヤノン写真新世紀で優秀賞受賞。二〇一三年、下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ。著書に『家族最初の日』(ちくま文庫)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)、『降伏の記録』『台風一過』『うれしい生活』(河出書房新社)など。
出版社からの備考・コメント
今回アップしたデータは、校了前のものです。刊行時には内容が異なる場合があります。ご了承ください。
おすすめコメント
『かなわない』(2016)以降、日記というジャンルを牽引する写真家・植本一子が、自身の3カ月にわたる「トラウマ治療」の軌跡を描いた、商業出版としてはじつに4年ぶりとなる待望の作品集を刊行します。類い稀なトラウマ治療の克明な記録となっており、多かれ少なかれ、傷ついた経験を持った方々の背中を押すような読後感を与える本となりました。書店員さんからも絶大な支持を集める著者の最新作です。
『かなわない』(2016)以降、日記というジャンルを牽引する写真家・植本一子が、自身の3カ月にわたる「トラウマ治療」の軌跡を描いた、商業出版としてはじつに4年ぶりとなる待望の作品集を刊行します。類い稀なトラウマ治療の克明な記録となっており、多かれ少なかれ、傷ついた経験を持った方々の背中を押すような読後感を与える本となりました。書店員さんからも絶大な支持を集める著者の最新作です。
出版情報
発行形態 | ハードカバー |
ISBN | 9784480815729 |
本体価格 | ¥1,800 (JPY) |
ページ数 | 192 |
関連リンク
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
ツイッターで植本さんの新刊のゲラ読み募集を見かけて興味があったので、ネットギャリーにあげてくださって嬉しかったです。承認ありがとうございました。気になっていたといいつつ植本さんの作品を読むのは初めてでした。最近ZINに興味をもち、特に日記を書いていらっしゃる方の情報を集めていた中に植本さんもいらっしゃったのでした。文中最後に、あかるいあきらめや、軽くなったこと、自由になった、という言葉が散りばめられていて、自分のことのように嬉しく思いました。まだまだお母様とのことが残っているとのことですが、先に進まれてよかったです。ここで感想あるあるの私ごとなのですが、私も幼い頃に母に置いていかれました。父が私と妹を連れて外出していた間に、荷物をまとめて実家に帰ってしまったのです。それから正式離婚まで、そして結局母がシングルマザーとして私と妹を育てるまでのおそらく二年ほどの月日は、母方の実家にいた記憶や父方の実家にいた記憶、どちらの土地でも幼稚園にも行っていたこと、などなど断片的にしか覚えていません。トラウマと思うほど強い感情は覚えていませんが、人間関係が長続きしないというか「この人はもういいや」と切ってしまう所があることになんとなく影響を感じます。それでも執着については異常なものが私にもあって、私の場合は憎しみです。私はアセクシャルという恋愛感情がないタイプの人間なので恋愛関係ではなく、一度憎しみを覚えた相手を何年経ってもいま目の前にいたら思い知らせてやると思うくらい憎み続けられるのです。それが真新しい憎しみの時は確かに起きている時間の八割を占めると思います。もちろん考えたくないしもっと楽しいことを考えたい、とても苦しいです。という、遠いけれど近しいものを抱えて拝読しました。だからこそ最後にある「私は諦めることができなかったからつらかった。でも、これからも私たちが一緒に生きていくならば、諦めなければ進まない道もあるんだ、と気づいた」という一文には鳥肌が立ちました。お守りのようにして、カウンセリング受けてみようかなあ、と思うなどして生きていきたいと思います。私と妹を置いて出た時の母の気持ち、そういえば想像したことがありませんでした。それが思えるだけでも(それだけではありませんが)この作品に助けていただきました。長々と失礼いたしました。ご活躍をお祈りしております。
愛を上手に受け取ることができない人にとって手助けになる本だと思いました。
読み終わったあとはまるでセラピーを受けていたような気分です。
植本一子さんの文章からECD(石田さん)への愛を感じてちょっと泣きました。
発売したらON READINGで購入します。
手に入ったらきっと抱きしめます。
夏の暑さが残る九月の初めから、週一で一ヶ月半、六回に渡って行われたトラウマ治療。
目標はパートナーとうまく付き合えるようになりたい、だったが治療を通して、自分自身とうまく付き合えるようになりたいという願望であることに気づいていく。
つらさや生きづらさを抱えるすべての人に届いてほしい生活の書。
植本一子さん
とても好きで
かなわないと家族最後の日を
読んでいます
今回も内なる自分を追求しつくして
トラウマ治療に挑む姿は
たくましくて読んでいて心強くなります
同じような性格の母を私も持っているので
どう対処していけばいいのか
本当に参考になります
「誰かのつらさに、大きいも小さいもない」
この言葉が印象的でリクエストしました。
3ヶ月にわたるトラウマ治療の記録は、トラウマの少しずつ深いところに潜り込んでいき、その治療に向き合う思いがそのまま描かれていて読んでいてとても辛い場面もあった。
私自身もトラウマから解放されたくて、民間のカウンセラー養成講座に通っていた時期があるので、どんなカウンセラーが治療にあたっているのかまずそこが気になった。巷に溢れる民間カウンセラーでなく、国家資格も持つ先生がカウンセラーだったのでその点は安心した。
治療によりすべてが解決したわけではない。だが今辛い思いを抱えている人に届いたとき、何かしらの気持ちの変化のきっかけになるかもしれない一冊だと思った。
夫を亡くした喪失感を埋める「トラウマ治療」を記録する日記風のエッセイ。
エッセイではあるが、カタカナ表記で「エッセイ」と書けるほどライトなものではなく、漢字で「記録」と書きたい、息が詰まるような壮絶な日常を描いている。
愛する人を喪うということがどういうことなのか、切実に知ることができた。喪った後、その記憶をどう留めていくのか、どう消化し、いかに共存するのか、その過程がとにかく壮絶。
何度も息をつぎながら、しかし読んで本当に良かった一冊。
ご本人も本書で「日記のような」と言っていますが、まさにそんな感じの一冊でした。
「トラウマ治療」という、最近気になっている事に取り組んだエッセイとあったので関心を持ちました。
著者の抱えている課題は「パートナーに入れ込みすぎる自分をどうにかしたい」という部分だったので、パートナーはじめ友人など人との関係が重要だったと思います。治療を受けて変化する日々の心を伝えるには、その日々で過ごした人々とのことも記す必要があるのだろうと思いますが、著者のエッセイをはじめて読んだ私にとっては登場する方々がどういった方かよくわからず、少々戸惑う部分もありました。「日記的なエッセイ」ということでしたので、全てを説明するものでもないのかもしれません。一方で、著者が慎重に、できるだけ素直に記そうとしているのが伝わってきました。
しかし、トラウマという極めて個人的で、かつ心のとても柔らかい部分についてよくこのように公開なさったなと思います。
おかげで、私も自分自身や、わだかまりを感じている事、人がいることを認めて、今より心地よく過ごせるよう専門家の力を借りるのもいいなと前向きに検討をはじめています。
3ヶ月にわたるトラウマ治療を日記形式で記録されている植本さんの本。一緒に治療を受けている感じがし、子供の頃からの振り返りや母親との確執、パートナーとの関係をカウンセラーでどのように変わっていくか知ることができ、考えさせられました。
すぐには変わらない状況の中にも明るい兆しも見られ、良かったです。
トラウマ治療がどのように進んでいくものなのか関心があり読み始めたが、次第に著者の治療への向き合い方に尊敬の思いが生まれてきた。淡々としていて、柔らかな文体のなかに、強い覚悟が見える。自分の奥底にある記憶や感情を掘り起こし、真正面から向き合うことのしんどさと、それを終えた後の凪のような静けさや穏やかさが印象的だった。勇気をもってこのような記録を書き上げてくれたことに感謝したいと思った。
トラウマセラピーの記録。
EMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法) というトラウマ治療の手法があることを初めて知った。明滅する光をみる・・・という記載が何度も出てくる。彼女にはこのやり方がとてもあっていたということだ。
カウンセリング、は体験した者にしかその効果はなかなか体感としては分かりづらいものがある。きちんと書き留めておこうと努力された記録からは、自分は伝わってくるもの感じとれることはたくさんあった。
セッションに取り組む時は、こんなことを話そう、と頭の中でなんとなく組み立て行っても、実際は全然違う流れになったり、自然に芋づる式に掘り起こされる記憶、が自分でも思いもよらない方に行ったりすることはよくある。
カウンセリングは相手との相性もありさまざまな手法があることだろう。
自分にあうと思える話し相手に出会えるということはとても幸運なことだと感じる。
苦しい体験として実母との関係が取り扱われる。「お母さん」という言葉と「母」という言葉を両方使っている。一見したところでは差異は感じ取れないのだが、きっとここには何か意味があるんだろうんな、と想像した。
著者のことを存じ上げず、作品を読むのも初めてで、著者がどういう状況に置かれているのか、登場する方々がどういった生活を送ってらっしゃるのか、背景を知らずに読み始めたのだが、状況がわからなかったので、Googleで検索しながら読んだ。
これは、著者のトラウマ治療記録なので、どうしても著者の過去を掘り下げていく様子を読むことになるのだが、その著者のことを知らないことには、読み進めるのが難しいだろうと思った。
著者の前作を読まれている方や、著者をご存じの方は、そんな心配はいらないだろうとは思うが。
著者はパートナーといい関係が築けていない。
それは、著者がパートナーに依存しているからだと思っているので、自分の在り方を変え、パートナーとの関係をよくするために、著者はトラウマ治療を開始する。
そこで、著者と母との関係が、パートナーとの接し方にも関係していると気がつく。
著者の子どもの頃の、みじめな記憶を思い起こしていく作業は辛そうだったが、過去の感情を浄化しないことには、現在の心の健康は得られないのだということだった。
自分でも直視することが辛い過去の出来事を、こうして本にするということは、大変勇気のいることだと思う。
でも、この本の冒頭の「自分と似たような境遇の人のためにも、こんな方法があるのだということを知らせなければ」という言葉にあるように、著者は、「わたしは、こういう治療を受けて心が軽くなったんだよ」ということを心から伝えたかったのだろうなと思う。
それにしても、「愛は時間がかかる」というタイトルがいいと思った。