人間みたいに生きている
佐原ひかり
この作品は、現在アーカイブされています。
ぜひ本作品をお好きな書店で注文、または購入してください。
出版社がKindle閲覧可に設定した作品は、KindleまたはKindleアプリで作品を読むことができます。
1
KindleまたはKindleアプリで作品を閲覧するには、あなたのAmazonアカウントにkindle@netgalley.comを認証させてください。Kindleでの閲覧方法については、こちらをご覧ください。
2
Amazonアカウントに登録されているKindleのメールアドレスを、こちらにご入力ください。
刊行日 2022/09/07 | 掲載終了日 2023/02/28
ハッシュタグ:#人間みたいに生きている #NetGalleyJP
内容紹介
食べることそのものに嫌悪を覚えている女子高生・三橋唯(ゆい)。
「食べること」と「人のつながり」はあまりに分かちがたく、孤独に自分を否定するしかなかった唯が、はじめて居場所を見つけたのは、食べ物の匂いが一切しない「吸血鬼の館」だった――。
自分と社会の不一致に苦しみもがきながらも光を探す、希望の物語。
食べることそのものに嫌悪を覚えている女子高生・三橋唯(ゆい)。
「食べること」と「人のつながり」はあまりに分かちがたく、孤独に自分を否定するしかなかった唯が、はじめて居場所を見つけたのは、食べ物の匂いが一切しない「吸血鬼の館」だった――。
自分と社会の不一致に苦しみもがきながらも光を探す、希望の物語。
出版社からの備考・コメント
★校了前の仮データを元に作成しています。刊行時には内容が若干異なる場合がありますがご了承ください。
おすすめコメント
<TikTok紹介記念!期間限定再掲!>
TikTokで けんご📚小説紹介 さんに紹介され話題!
https://www.tiktok.com/@kengo_book/video/7148386162044865794?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7152985202350982658
重版も決定しました!
これを記念し、NetGalleyへも期間限定再掲載いたします!
ぜひこの機会にご一読ください。
<佐原ひかりさんからのメッセージ>
バレンタイン、手作りの友チョコが苦手でした。でも、円満な人間関係のため受け取っていました。
何を食べてどう生きるか、かぎりなく個人の体のことなのに、社会性や、人間性が絡んでくる。
「食」ってふしぎだなあ、と思います。
あかるく、おいしく、しあわせに。
自分はそうではないと、口に出せず生きている人もいると思います。だから書きました。
食べるのが苦手な人にも、そうでない人にも届けていただけたら幸いです。
▼担当編集者より▼
佐原ひかりさんは、第二回氷室冴子新人文学賞を受賞され、『ブラザーズ・ブラジャー』(河出書房新社)にて、
2021年にデビューされた新しい期待の作家です。
本作は、食べることが気持ち悪くて食事する行為そのものに嫌悪を覚えている女子高生を主人公とし、
「食べること」と「人とのつながり」の分かちがたさを前に、ひとり孤独に苦しむ彼女が、自分の心身と向き合う小説です。
自分が、みんなの共有している「しあわせ」に加われないと感じている人に、大変だったねと語りかけるようなこの小説を、
多くのひとに届けていただけたらと願っております。
ぜひ応援のほど、どうぞよろしくお願いいたします!
販促プラン
読み終わりましたら是非NetGalleyへレビューを投稿ください!
著者・担当編集ともに楽しみにお待ちしております。
投稿いただいたコメント・感想の一部は、弊社HP、SNSにて公開させていただきます。
また、SNSでの感想ご投稿もお待ちしております。
「#人間みたいに生きている」にて投稿いただけましたら幸いです。
ご協力の程、何卒宜しくお願い致します。
★★★★★
作品の拡材や指定配本をご希望の書店様は
恐れ入りますが<朝日新聞出版・販売部>まで直接お問合せをお願い致します。
出版情報
発行形態 | ソフトカバー |
ISBN | 9784022518590 |
本体価格 | ¥1,800 (JPY) |
閲覧オプション
NetGalley会員レビュー
食の社会性が人間関係に
こんなにも直結するのだと
普段意識していないからか
とても新鮮に受け取りました。
人に近づき過ぎると自他を同一化し
少しの違いも嫌悪し
遠過ぎても孤独と慕情と誤解に苦しむ。
何を誤解しているのか
十分に近づかない限り
気付くこともないまま...。
食べることが気持ち悪い主人公があまりにも生き辛そうで、当たり前に食事をする私には想像もできない世界でした。
一人で抱え込んでしまい、周りの友達や家族にも本当を隠しながら合わせる。
そんな主人公がとても苦しかったです。
それでも新たな居場所を見付けて、いろんな人と出会い、食べることやどうしようもない気持ちに落としどころを見つけた主人公。えらいです!
泉さんとケンカしてしまった時はつらすぎてひやひやしましたが、希望の見える終わり方でよかったです!
食べることについてなんとも思わずに生活していたので、なかなかない読書体験でした。面白かったです。
ありがとうございました!
食べる行為が気持ち悪くて食べられない。普通の人のようには食べられない辛さを一人で抱えていた唯が、吸血鬼と呼ばれる泉と会うことで心をほぐされていく。
自分では想像できない辛さに共感するのは難しいけれど、話を聞く、相手を見ることはできる。
唯が前を向くためには、泉以外の人たちの理解が必要で、それをどうやって求めて、得ていくのか。打ち明けられた家族や友人はどんな反応をするのか。
ずっと隠してきたことを打ち明ける不安に共感し、唯を応援したい気持ちでいっぱいになる。
食べることが気持ち悪い。周りが当たり前にしていることが出来ない主人公の孤独感と苦悩が目の前に溢れていてとても辛かった。
泉さんと出会って、少しずつ経験を重ねて。
そうやってちょっとずつ前に進む主人公の姿が凄くカッコよかった。
行き辛さを抱える人にも読んで欲しいし、そうでない人にも知るきっかけになる本だなと思う。
人間みたいに生きている人達が
自分らしく生きていけるように
沢山の方に読んで欲しいです。
人として生きる上で当たり前に必要で根源的な"食べる"ということがどうしてもできず、孤独に苦しむ女子高生・唯。それを家族にも友人にも誰にも言えなくて、常に自分を押し殺し嘘で固めて無理に振る舞う毎日を続けていた彼女が、何と出会い、何に気づき、どう行動したのか…。
これは究極に生きづらい自分と向き合おうとした人の、叫びと許しの物語。
このテーマの斬新さと話の展開の深さ、主人公の気持ちの描写力に驚嘆!そして無理解で理不尽に見えた周囲に、自分の本音を言葉にできる場や、それを聞いてくれる人がいる、という救いに、涙せずにはいられなかった…。
読後、きっと自分を好きになれる1冊。
食べることを苦痛に感じている唯。多くの人がごく普通に、というかむしろ、楽しさや幸せを感じている行為だからこそ、それが苦痛だと言い出せない。それに、他のことと違って、食べるという行為は命と直結しているから、嫌だからしないと言うわけにもいかない。本当に大変だと思った。唯が「生きたくないわけじゃない」というのがよかった。冒頭の表現に説得力がありすぎて、食べることが気持ち悪いことのように思えた。感受性の強い中学生とかが読んだら、本当に食べられなくなりそうで、ちょっと心配(笑)
食べることに嫌悪感を持つ女子高生の唯は、吸血鬼の噂を聞いて古い洋館を訪れます。血しか飲めない吸血鬼なら自分の孤独を理解してもらえると思ったのです。
友達と食事に出かけたり、会社の同僚と飲んだりして、食べることは人間関係を良くする潤滑油ですが、食べられなかったり、食べることを不快に感じる人たちもいます。
食べ物系の小説が多すぎで、食べ物が絡むとたいてい幸せな話になっちゃうという唯の愚痴には思わず笑ってしまいました。私も同じ理由であまり好きではありません。
佐原ひかりさんは「ブラザーズ・ブラジャー」を読んでファンになりましたが、マージナルな人々を描くのが上手いと思います。これからも楽しみにしています。
友人とまたご飯行こうな!なんて合言葉のように言い合う。同じ釜の飯を食うという言葉のとおり、一緒に食卓を囲むとぐっと親しくなるってことは経験としてある。
しかし、この物語の主人公・唯は「食べること」それ自体が苦手。
苦手というよりも嫌悪を覚えている。
例えば、私たちが山盛りの蝉の唐揚げを美味しいから食べてと皆に笑顔ですすめられるようなものか。口に入れるのさえ無理だろう。そんな彼女が抱えた苦しみや孤独感は如何程のものか。
主人公の唯の辛さは、それを誰にも理解されないこと。
不安や感情をさらけ出せるって大事なことですよね。
悩み苦しみながら唯が答えを探し続ける姿に強さを感じて目を細めた。
私たちは、一人として同じではない。
他者との違いでこれからも傷つくことがあるだろう。
それでも自分らしく生きていこうではないか。
「食べること」が気持ち悪い度感じる主人公の唯と「吸血鬼の館」に住む人間の血を飲む「食べたいけど食べられない」泉。
食べもの系の小説が最近多く、その殆どが食べることで幸せになっていくという傾向に今まで疑問を抱いたことなかったけど、
食べることを気持ち悪いと感じる人にはたしかに共感されないわな。
食べ物を変形させた死骸の集まりと表現するあたりは今までにない考えでこの先どうなるのかなと読み進めてた。
ラストあたりは「食べれるようになりたい」という前向きな感じになりそれまでの唯から少し前進し今後に期待を持たせる感じるは心地よいけどなんか中途半端感も感じてしまう。
拒食症ということばは既に知っていて、理解しているつもりでも、ここまで綿密に、感覚的に文章で表現されてしまうと、この症状の大変さというか、深刻さがひしひしと伝わってきます。
もちろん、物語、フィクションとして展開されていくのですが、主人公の生の悩み、もがき、背景、様々な日常での苦しみ、そして、細いながらも希望へとつながる道筋も確かに描かれていて、まさにいま、思春期という迷いの多い時代に生きている子どもたちに是非読んでもらいたいと思いました。
とある人物を洋館とともに出すことで、物語性を高め、そして、展開に起伏をこしらえているところに、作者さんの才能と工夫のあとを感じました。
この作家さん。大人の小説へと舵をきっていくのか、いえいえ、YA,児童書の世界を突き進んでいくのか。作家さんのこれからの進路も気になるみごとな筆致の作品でした。
ありがとうございました。
作品紹介の著者メッセージの、手作りの友チョコが苦手だったという言葉に共感しリクエストした。
私も友人が作ったスイーツが苦手だ。おにぎりも他人が握ったものは苦手で、作ってもらっても心から美味しいも言えないし感謝もできない。
主人公は女子高生ですが「たべること」と「人とのつながり」という分かちがたいことに悩む大人も少なからずいるはず。
「食べ物」に嫌悪感をもつ唯が訪れたのは「吸血鬼の館」そこに住むのは泉という男性だった。
唯と泉それぞれが「たべること」ということに悩みをもっていた。
二人のやり取りを読みながら、そうだよねと共感していた。
やり取りに共感したけれど、それは分かったふりなのかもしれない。だけど他人と違うこと、他人の価値観での幸せにあてはまらなくて苦しんでいる人にただ寄り添ってあげたいと思った。
YA/児童読み物のジャンルでもあるが、大人にも刺さる作品。発売されたら手元においてまた読みたいと思う。
拒食症の経験がある人や、嫌いなものが多い人、食に関する困難を感じる人におすすめしたい一冊。
食べることが嫌いな主人公・唯が、最近多いご飯の出てくる小説の中で、一杯のラーメンでなぜ幸せになれるのかわからないと考えるところは、そのとおりと笑ってしまった。
唯は17歳とは思えない、言葉遣いや分析力を持った子だ。
唯が、最初は誰にも心を許せず批判ばかりの優等生だったのに、物語の中でどんどん成長して、友達と本音で話すことができるようになったり、親にはっきり意見が言えるようになる様が爽快で、感動してしまった。
子どもの頃、鶏肉も魚も食べられなかった。首をひねられたり、頭を出刃でおとされたり、血抜きされるときの生き物が食べ物に変えられていく過程を見たりしたためだ。美味しいとそれを喜ぶ人がいるなら、私の命は鶏や魚以下だから、そんな命に自分の命を構成させてはならないと思っていた。でも別に自己肯定感が低かったわけではなく、鶏や魚の命の価値が、私にとっては他の人より高かっただけだ。
でも、そんなことはわかってもらえなかった。
わかってもらえないことを前提に、次に進む方法を提示してくれる本だった。
ブラザーズブラジャーが印象的だった佐原さん。
こちらもあっという間に読んでしまいました。
色々と考える作品でした。
私も一時期拒食症で食事に対して問題があったので泉の気持ちが少し分かるような気がしました。
同じように食事に悩んでる人がいてこういった描写がもし大丈夫そうなら読んでみてもらいたい。
治る治らないとかじゃなくて、声に出せないけど自分以外にも他にもいるんだってことが
分かるだけでも違う気がする。
泉の周りの友人や家族が寄り添ってくれていてそこにすごくホッとした。
悩みを吐露したからって離れていく人がいる訳じゃないし、みんな自分なりに理解しようとしてアクションを起こしてくれる。
私は自分で声に出した訳ではないから
それを選んだほうの道は見たことがないけれど理解者がいたらまた違ったのかなとも。
今回のお話は食に対してのテーマでしたが、外枠から見たら同じような事象でも、実際に当事者それぞれの悩んでいることは違う。
一括りにしないでその人となりを見てほしい。
そんなメッセージを貰った気がする。
気持ちがよくわかります。
私は、パン屋さんへ行くのが好き、カフェのような落ち着くところも好き。でも、必ずテイクアウトです。私の場合は、外食や会食がとても怖いです。気分が悪くなることがあります。
このようになってしまったきっかけは
自分でよくわかっています。以前の職場での人間関係が原因です。お昼休憩中、とにかく辛かった。いじめ、嫌がらせ、酷い悪口、そんなお昼休憩が私にとってとても苦しい時間でした。せっかくのご飯が美味しく食べられなくなりました。
しかし、退職してから少しずつ少しずつ良くなっています。
友達も家族も理解してくれる。
外食できなくたって、テイクアウトがあるし、理解してくれる人がいるので、それだけでも幸せです。
このような小説ってなかなかなかったからなんだか、とても嬉しくなりました。
佐原さんの「ペーパーリリィ」を読み、躍動感のある文章にひかれ、リクエストしました。本作は一転内面へ向かう物語ですが、自分の気持ちを理解して貰うことさえできないつらさ、もどかしさが伝わって来ました。自分が評価されずにそのままでいられる場所はやはり大切。まずは自分を受け入れようとする唯の強さを応援します。
佐原さんの感情表現がとても好きです。次回作も期待しています。
これは、私の好みの作品だという予感はしていましたが、予想以上でした!
初読みの作家さん。
読んでいる間じゅう、佐原ひかりさんの持つ感性に、佐原さんが紡ぎ出す言葉の一つひとつに、惹きつけられっぱなしでした。
まず、冒頭2頁で心臓鷲掴みされました。
刊行前じゃなかったらご紹介したいくらい。
川端康成の「雪国」みたいに、
この書き出しは語り草になるのではなかろうか。
その位衝撃的でした。
高2の唯は食べる事そのものに嫌悪を抱いている。美味しい食べ物とコミュニケーションと幸福感はセットになる事が往々にしてある。そうと感じられないのに、人に悟られないように生きている唯の苦悩。
食べに行く事は大好きだけれど、私も小さい時から好き嫌いが激しく、うっかりと嫌いな食べ物と向き合わなければならなくなってしまった時のその打ちひしがれるような絶望感…この場をどうしようかという動揺…唯の気持ちの一端に共感して、この子のそばに行って話を聞いてあげたい…その苦しみを一緒に受け止めてあげたい…そんな思いでいっぱいになりました。
そんな彼女が見つけた居場所。そこでの出来事も、ゆらゆらと垣間見える秘密の香りも、怪しくて、そこで生まれる感情の全てが愛おしくて、気がついたらすっかりこの世界に没入。
佐原ひかりさんの描き出す世界観。
もっとずっと浸っていたかったです。
家族と食卓を囲む時間が好きだ。祖母のちらし寿司が、母のキュウリの浅漬けが、父のゆで卵入りシチューが、自分で豆を炊いて作るおはぎが、何よりも好きだ。
これまでの人生「食は人の心を解きほぐす」と信じて生きてきた私は、この作品に横っ面を張られたような気持ちになった。
マジョリティに擬態しながら、孤独を募らせる侘しさと「理解」という言葉の危うさ。
他者との違いに傷つき、傷つけ、やっと気がつく「自分と相手は唯一無二」という事実。
やり過ごすのではなく、少しずつ前進後退していこうとする唯の姿に胸がすく。
佐原さんの前作『ブラザーズ・ブラジャー』も大好きでしたが、今回はそれを上回るくらい「読めて良かった」と思った作品でした。
個人的お気に入りポイントは、飄々としているようでありながら年下の女の子に翻弄されている泉さん。思わずにまにましてしまいました(笑)
<自分は周囲と違っている> それが他人に理解されないと気付いたとき、心に訪れるのは不安と悲しみ、あきらめ、もしかしたら怒りかも知れない。
この物語の主人公は勉強のできる高校生。自分を守るために知恵を絞り、苦しさを抑えてウソをつき、自分の役割を演じる。その一方で安らげる場所を求める姿は、声にならない悲鳴をあげているようだ。
型にはめられることを嫌い、型にはめようとする周囲から解放されたいと願う主人公。でも、彼女が前に進む勇気をくれたのは、自分が逃げたいと思っていた友人の言葉だった。
後半、一歩ずつ大地を踏みしめるように、少しずつだけれど強くなっていく主人公に「それでいいんだよ」「がんばれ」と応援しながら読みました。
この痛みを知っている。自分で自分を、「普通じゃない」と追い込んでしまうこと。それでも、生きていける場所はどこかにあるのだと信じられた。
食べることが苦痛な少女が辿り着いた、食べ物の匂いのしない屋敷に住む男性との日々。生きづらさを抱える人に届けたい。
食べることに嫌悪感を持つ高校生、三橋唯。
周囲はおいしそうに、幸せそうに食べるのに、
自分はそう出来ず、
他者の命をぐちゃぐちゃにして吸収していると感じてしまい、
気持ち悪くて食事もままならない。
そんな唯が聞きつけた吸血鬼がいるという噂の家。
訪れてみるとそこにいたのは泉と名乗る男性。
泉は血しか飲めない病気で、
食事を摂らずに血液を摂取して生きているという。
食べることを嫌悪する唯と、
病気で全く食べられない泉。
交流を通して、人として成長し、
自分とも周囲とも向き合って進んでいこうとするストーリー。
多様性をテーマにしたものは多々ある中で、
この切り口は衝撃を受けた。
自分の当たり前と人の当たり前は違うこと、
その人の苦しみを自分の型に当てはめて理解したつもりで歪めないこと、
そんなことを再認識した作品。
YA/児童読み物の分類になってるけど、
大人が読んでも感じることがちゃんとあると思う。
佐原さんの「ブラザーズ・ブラジャー」が好きで次作も読んでみたかった。
バンパイアなのか?という設定に引き込まれる。
吸血鬼、血しか飲めないかわいそうな生き物。
三橋唯は、食べることが気持ち悪い。
泉遥真は、血しか飲めない病気。吸血鬼ではない。
中学1年生の時に発症。
食べ物を口に入れると粘土とかクレヨンみたいに感じてしまう。
話すことができるといいと思う。
ゼロか100かではなく、まだらにうまく生きられたらいいと思う。
ずっと1人だった泉さんはひと回りも違う女の子が急に自分のどころにやってくるようになり、ドキドキしたが、どう接したら良いのか?臆病だった。
唯は親の言いなりで、自分の意見を言えなかったけれど、友達や紹介してくれた会の人と話すうちに、自分のモヤモヤを伝える努力をしようという気持ちになる。
その成長する様子が良かった。
ラストは微笑ましい。
中学生高校生に読んでほしい。
勇気を出してコミュニケーションをすることの大切さがわかる。
「食べられない」女子高生と「食べられない」男性。同じ食べられないでもその二つは全く違うもので、他にも「食べられない」には色々種類がある。私はすごく食べることが好きだから、新鮮な気持ちで読めた。「食べる」行為を気持ち悪いと感じる主人公が自分を見つめなおし、成長するストーリー。
読んでいて、ドンドン苦しくなりました。
なぜ?自分の気持ちを素直に言葉にできないのだろ。
なぜ?「正しい答え」通りに動いてしまうのだろう。
でも、きっとそれも含めて、唯ちゃんなんでしょうねぇ。
そして唯ちゃんは、だれの心の中にもいる感情なんだと思います。
10代の方にぜひ読んでもらいたい1冊です。
読み終わりが近づくにつれ、感じていたのは、読み終わるのがもったいない、でした。そのくらい好きです。食べることを気持ちが悪いと感じる唯と、吸血鬼と噂される泉が出会い、交流の中で生まれる希望の物語。自分が不幸だと気がつくのが嫌で、人と争うことを恐れていた登場人物たちが、どう変わっていくのか、見守りたい。
自分の当たり前を押し付けることを、いつの間にか無意識にやってしまっているのかもしれない。
そう思わされる一冊でした。
「世間一般の常識」というのは厄介で、そこから外れてしまえばいくら自分の心の内を伝えようと思っても、そもそも周りには"伝わらない"。そんな葛藤と苦しさと孤独感を上手く描いているなと思いました。
私自身も、食事に関してトラブルを抱えているからか、まるで追体験をいている気分になりながら読み進めていって、読み終わった頃には「ああ、自分のことを否定しなくても隠そうともしなくていいんだ」と安心感に包まれました。
唯はずっと自分を認めてくれる場所を探し求めていたけれど、結局は自分のことは自分で受け入れて、自分が味方にすることができて、本当によかったです。親へきっぱり言う場面は本当に感動しました。
『食べる』という、生きるため欠かせない行為に嫌悪感を持つ主人公。
そんな『普通じゃない』悩みを周りに言えず、『普通』を演じつつけてる姿に心締め付けられる。
そんな中で出会った『吸血鬼の館』の住人。
傷ついて傷つけて、それでももがいて成長していく主人公に勇気をもらいました。
他人と違って当然なのだ。
それにしても、親は一番近い存在だからこそ、拒絶されると存在が許されないような恐怖がある。
意識的にも無意識にも親の機嫌を損ねないように生きてきた主人公が親と向き合うのにどれほどの勇気が必要だったか。
『食』だけでなく、生きづらさを感じてる人には、お守りになるようなステキな読書体験でした。
朝井リョウさんの『正欲』を思い出しながら読みました。世の中で当たり前とされていることができず、しかもそれを隠しながら毎日を生きるということ。考えてみたら日々とんでもない暴力を受け続けているようなもので、特に思春期の主人公にとってはますます苦しいはず。
救いは彼女が『生きたい』という強い気持ちを持っていたこと。その気持ちがあったからこそ、人との出会いを前に進む力につなげることができたんだと思います。
ここまで極端ではなくとも、様々な悩みを抱えて将来に不安を感じている若い人たちにとって、人との出会いが大きな意味を持つケースは少なくないでしょう。一人の大人として、そのことをしっかり覚えておかなければいけないと思わされました。
『いつか欲しいものができたとき、手を伸ばす資格もないなんて、思わないでほしい』
食べることに対し嫌悪感を抱く三橋唯が、森の洋館に住む吸血鬼と噂される(!)泉遥真と出会うことからはじまる物語。
食べられないと一口に言っても、精神的なものであったり病気であったり、おそらく人の数だけ理由がある。それぞれに苦しみや痛みを抱えていたり、本人にしかわからない生きづらさを感じる場面がたくさんあるのだと思う。
物語のラストがとても好きだった。主人公と泉さんがお互いに一歩踏み出す姿を見て、温かい涙が溢れた。少女漫画や少女小説が好きな方にもとてもおすすめ。
多くの人が、”普通”を演じている昨今。
”普通”を演じながら怯える苦痛、家族に理解してもらえない苦痛。
誰もが感じたことがあるテーマを、吸血鬼というちょっとファンタジー要素や友情を取り入れ、中高生が読みやすい内容になっていました。
多様性が叫ばれる中、もっと身近な人の理解を忘れてはいまいか、改めて見つめ直したいと思わせられる作品でした。
ある夏の日に訪れた、吸血鬼がいると噂のある洋館。
そこで、とんでもない形でのボーイミーツガール。主人公「唯」も館の主の「泉」も透明感があって繊細で、音や匂いのない世界がよく似合う。
食べることを嫌悪し、生きづらい日常から避難するように泉のもとに通う唯。共通点はあるけれど、決定的に違うこともある二人の関係が、瑞々しくて時に痛々しくて、とても眩しい。
食べるという俗世的な行為を排除するとこんな綺麗な作品になるんだなぁ。美しかった。カバーイラストも唯の雰囲気がよく出ていて素敵。中学校図書館でも間違いなく人気の作品になると思う。
食物を食べることに”気持ち悪さ”を感じる高校生の三橋唯。
誰にも知られずに生き辛さを抱きながら生きていた彼女。
友人から聞いた”吸血鬼”のうわさを頼りにとある山奥の洋館に赴く。
そこには人里から隠れ住むように一人で暮らす泉という青年がいた。
一見オカルトか?と思うような始まりですが物語の中心はそこではありませんでした。
人ぞれぞれの認識の違い、それによって生じる生き方を模索する物語。
自分のことを分かってもらいたい。その欲求は各々の立場によってガラッと見方が変わってきます。
この部分をこの作品はとても繊細に、そして丁寧に描いていく。
「ブラザーズ・ブラジャー」でも感じた「普通って?」という問いかけ。
この作品でも根底にあるテーマではないかと思いました。
タイトル「人間みたいに生きている」読み終わると意味の深さに驚きますね。
唯と泉が大好きな本の話題で年齢を気にせずに語り合うシーンが好きです。
読書・本好きの夢ですね。
女子高に通う 食べることそのものに対しての嫌悪感から拒食状態の高校生の三橋唯(ゆい)。
「食べること」と「人のつながり」が苦手な唯は、だれにも相談できずに孤独に自分を否定するしかなかった。
自分が突然拒食になったことを 家でも両親にも上手く伝えられずにいた。
やっとの事で、はじめて居場所を見つけたのだが、
そこは食べ物の匂いが一切しない訳ありのほの暗い「館」だった。
学校の友達とも 互いの見た目の様子から、相手はこうだろうと勝手に決めつけていたけれど、、
日々一緒にいた友達でさえ 実は見た目の印象とは、違っていることも多々あることに、少しずつ気づく唯だった。
実際の自分と社会の不一致に苦しみもがきながらも、自分なりに前進しようとする唯の姿に感動し、応援したくなる作品。
女子ばかりの世界は、一見 気楽で楽しそうだか、裏はエゴとミエに塗れ、カーストやマウント、イジメの横行しやすい環境でもある。唯の苦悩や親との確執など、とてもリアルに描かれている。
どんな話かな?と軽い気持ちで読み始めたら、テンポ良くすすみ一気に読了してしまった作品。
食べる。
当たり前の行為すぎて、その行為自体を気持ち悪いと思う人が居るなんて、考えたこともなかった。
「またご飯に行こうね」「今度◯◯食べに行かない?」そんな言葉が、無意識に誰かを傷付けているかもしれない。
泉さんや唯ちゃんの生きづらさは、並大抵のものではない。
それほど、私たちの生活に「食べる」という行為が深く結びついている。
考えさせられる作品。
どうしても食べられない。食べ物が死骸に、人間の肉体が、食べ物を食べる口が穴に見えてしまう描写がものすごい。唯の辛さが読んでいて痛々しい。食べることを諦めていた自分を変えるきっかけとなった矢島くんがかっこいいなぁ!唯の閉じていた世界が少しずつ開いていき、その先に導かれるラスト、初々しくっていい!
共感して分かった気になるのは簡単だなあという印象です。とても唯ちゃんを応援したいし力になりたいけれど、わたしには及ばないのではないかと。
序盤に愛鳥家のわたしはびっくりしました。そして何かわかるんだけども近いだけで全然違う感情をどう表したら良いかわからなくなりました。
食事について思うことがある人はきっと少なくないと思います。人には言えないあれこれを常に抱えている人も。
そういう読者にわかったを言わせたいのか、人間はもっと複雑なのだと教えてくれようとしているのか、とても難しく考えさせられるストーリーに悩み色々なことを思いました。
人とわかりあうことが難しく、猫をかぶっていいこでいる方が簡単で、でもそれは本当の家族や友達でないのだと悩む主人公にアドバイスをできる人がどこかにいるのでしょうか。
とても寂しがりでとても傷つきたくなくて自分にまとわりつく膜と常に闘うわたしたちに問われる1作だと思いました。
そこで終わるのかというラストに世の中への地続きさを感じずにいられません。
多様性を問われる今、わたしたちは相手を理解しようとして、でも全然わからないため自分の知っているものに当てはめてしまいがちです。自分の思考を簡略したいわけでも相手を軽んじた行為でもなく、相手に寄り添いたいと苦しんだ結果だと思います。
社内はそこからいつ抜け出せるのかなと悲しく思います。
主人公の高校生の唯は、食べ物を口に入れ咀嚼すること自体が気持ち悪いという。いわゆる拒食症ではない。
食べなければ食べたいという気持ちはあるけれど体が受け付けない。家庭でも学校でも、このことを知られないようにするために心を砕く毎日。そんな中で、友人から吸血鬼が住んでいるという館があると聞いた唯は、そこを訪ね、1人の男性と出会う。このことが彼女のその後を大きく変えることになる。食欲を持つことができないというモチーフは、いい意味で今の時代を捕えていると思った。佐原さん、これからも追いかけたい作家さんです。
タイトルの意味が響く。
あーそういうことか。しんどいけれど、光の見えるラストだったのがよかった。
みんな幸せ!丸く収まったね!チャンチャン♪というラストじゃないからこそ、この本の登場人物たちみんな現実に生きているような気がしてくる。実際はそうだよね。みたいな。
大好きな作家さんです。
「ブラザーズブラジャー」に続いて今作読ませていただきました。この方の作品の中に出てくる人はなんだか抱きしめたくなってしまうほど人間らしい。
きっとどこかで我慢して、耐えて耐えて。
そんな中で生きている人たち。でも辛いとは感じない。彼女たちを助けたいと思う。そういう人の優しさを流し出してくれるそんな作用がこの方の作品にはあると思います。
私も食べる事が嫌いな人間なので、内容紹介を見てすぐに興味を持ちました。
唯ちゃんのように「食べる事が気持ち悪い」というレベルではありませんが、食べる事が面倒で、何を食べるか選ぶ事もストレスに感じています。
やはり周りに理解されない事が当事者にとって一番苦しいのですが、物語ではそれを上手く伝えていてくれて、読んだ方にも少しでもわかってもらえそうな気がしました。
泉さんの存在が、学校と友人、家庭の話だけにとどまらず、世界を広げてくれている点も良かったです。
食べられなくても幸せに生きていける方法が見つかったら良いですね。もっと色々な人に読んでもらって、わかって欲しいです。
食べることそのものに嫌悪を覚える女子高生が出会った、血しか飲めない奇病の泉の下で過ごす無理をしなくていいつかの間の平穏な日々。容易には解決しない悩ましい状況で、それでも分かってもらえないではなく、自分の思いを伝えていこうと少しずつ変わってゆく唯の成長がとても印象的な物語でした。
食べるという『当たり前』ができない女子高生三橋唯の話。
読み始めの唯の食事の描写がホラー映画みたいにグロテスクで気持ち悪い。こちらまで吐きそうになる。こんなに食事とは気持ち悪い行為だったろうか?あぁ、唯はこんな気持ちなのか。
思春期の悩みに向き合って行く姿が懐かしく、眩しい。
それはそうと、吸血鬼と噂の泉さんかわいいです。
「食べること」が耐えられない、主人公
。
この感覚は、10代20代に刺さると思う。
読み切って、タイトルを見直したとき、ああ、と腑に落ちると思います。
食べること、が強要する正しさとかプレッシャーについて考えたことがなかったので、ずっしりきました。
ある時から、食べ物の一切を食べられなくなってしまった唯。
確かに、食べ物が食べ物になった過程を想像すると、食べられなくなってしまうかも。
友達の手作りのお菓子が無理、というのはちょっとわかる。
理解されにくい、難しい苦しみを、
「女子高生が夏休みに吸血鬼の館に迷いこむ」
という面白い設定から描き、「吸血鬼」と噂される泉と出会うことで、自分の苦しみと向き合っていく。
人の感じ方は、それぞれ違っていて、まったく同じ悩みを持つ人など存在しない。
とても優しい言葉で書かれているので、小学生の高学年くらいから読めそう。
生きにくさを感じている人や、子供の気持ちがわからなくなっている親にも、読んでほしい作品。
「食べる」という一般的には幸せな行為ができない唯。まるで他者を取り入れる行為が気持ち悪い。吸血鬼が住むと噂の洋館の住人、泉さんだけは彼女の事を…わかってくれていたのか?お互い同じだと思っていたそれらは違う。人間の定義「何が揃っていたら人間で、何が欠けたら人間じゃないのか」という問題。ここで全ては解決しないけれど、他人を理解する、思う事は難しくあるけれどできるんじゃないか。泉さんが唯と出会ってから「そんな事があったのか!」と、34歳のオジサンを可愛く思えた(笑)
読みはじめてすぐになんだか無性に「からあげ」が食べたい
そう思いました。
普段「からあげ」はあまり食べないのですが……。
なんだか変ですね。
食べることってなんだろう?
読み進めていくうちに不思議な気分になりました。
食べることが苦手って?
わかるような、わからないような……。
きっといろんな感想が出てくるのでしょうね。
こんなふうに言っていいのかわかりませんが
とても面白かったです。
自分を大切にしたい。
けどもちろん周りとの関わりもある。
思春期の特に難しいお年頃の中で、自分の物差しにどうしても他人を当てはめがちで、あてはめられがち。
主人公を悩ませているのも、助けてくれるのも、助けるのも「人との関わり」
後半向き合えた主人公の強さ、かっこよかったです。
最初グロい表現から始まるので戸惑いながらも、ぐっと引き込まれました。
面白かったです。食べるのを我慢しているわけではなく食べることへの嫌悪感がある女の子、吸血鬼ではなくあくまで人間である男性、というのがよくありそうな設定から少しずらされていて新鮮でした。食べることへの嫌悪感、ではなくとも何らかの生きづらさだったり他者に理解されないことへの恐れだったり、そういうものを抱えている人は多いと思うので、共感しやすいのではないかと思います。
佐原さんの作品、初読み。
食べることに嫌悪感を覚えている女子高生の唯。
みんなが幸せだと思う行為を幸せと思えず悩んでいる。
孤独に苦しんでいる時に金髪の美しい男性、泉に出会う。
冒頭からすごく辛そうだった。
多様性について語られている作品も増えているけど、こういうのは考えてもいなかった。
当たり前と思っていることが当たり前じゃない。
自分自身、普通じゃないと思い、悩みや本当の気持ちを吐き出すことができないのは辛過ぎる。
居場所がどこにもない時はとても苦しくて悲しい。
ただ受け入れてくれて話を聞いてもらえるだけで救われる。
今作は全ての生き辛い人達に読んでもらいたい作品。
ラストの展開がたまらない。きゅんとした💓
佐原ひかりさんの他の作品も読むの楽しみ✨
#人間みたいに生きている#佐原ひかり#netgalleyjp#NetgallyJP
あ、これは私もある意味、「人間みたいに生きている」だと思った。誰しも弱いところや人に知られたくないところがあると思うのですが、その本心を隠して人間という着ぐるみを着て生きてるんだ、とぐさりと抉られました。そこを治していくのか、それともそのまま人間の顔をして生きていくのか···。どちらがいいか判断はつかない····。
佐原ひかり作品に外れなしと個人的に思ってます。今作品も素晴らしかったです!
食べる事が気持ちが悪いと感じている主人公。一度そう感じてしまうと、食べられないと言うのはなんとなくわかる気がする。それを分かって貰えないと自己完結してしまって悶々とするところも。辛かっただろうな。
そんな主人公が出会った「血液しか飲めない」男は、主人公にとって同じ悩みを抱える仲間だと思う救世主。故に積極的にかかわろうとする。恐らく主人公史上最大の熱量だったかも知れない。
その熱量に戸惑いつつも拒絶しきれない男の終盤の吐露にキュンとした。
「分かってもらいたい。でも、どうせ分かってもらえない」と1人で悩みを抱えこんでいる主人公と男が。された時は怒りさえ感じた他者からの強引なアプローチから、ありのままの自分をわかってもらうように動こうとするキッカケになったのが印象的だった。
かなり強烈なタイトルと、透き通る少女の瞳に、どんな小説なのか気になりダウンロードした。
ちょっと読んだことのない切り口のYA小説だった。
食べることに嫌悪感を覚える、いわゆる拒食症的な設定は、大抵母娘間の問題を描く場合が多いが、この小説が描くのは、それだけではないようだ。
主人公の唯は食べること自体に嫌悪を抱いているが、それを隠し続けている。
ある日ドラキュラが住む館と噂される邸宅をこっそり訪れ、そこで食べたくても食べることができない泉と出会う。
泉と出会ったことで、自分が避けてきた自分自身の問題と向き合うことになる唯。
ひと口に、食べること自体が辛い症状、と言っても原因は様々なのだと分かる。
実際にこういう人たちが存在するのであろうし、やたらと食べ物や食べることばかりを取り上げるメディアや小説に対して問いかける小説だった。
なんだ、これは?
まずそう思った。
今まで味わったことのない思いがこみ上げてくる。
わからないから、もう一度読んだ。
そして、もう一度・・・。
参ったなあ、という感じだった。
人ってなんて愛おしいのだろう。
生きることはなんて切なくて、そして美しいのだろう。
必死で生きている主人公と泉さんに心を持っていかれてしまった気がする。
いろんな人に薦めたい一冊だった。
食べるという行為をどうしようもなく、嫌悪する高校生の唯。誰にも理解されないと、必死に隠す日々。そんな唯が、耳にしたのは洋館の吸血鬼の噂だった。
周りの人が出来ていることが、出来ない私って?唯の感覚と友達や家族の感覚が混ざり合うことなく苦しかったです。自分の言葉が相手に届いていないのが辛い。最後少しずつ前を向いていこうとする唯にほっとしました。
周りの人が出来ることが出来ないと悩んでいるあなたへ
どうか、自分で自分を否定しないでほしい。答えなんて無いのかもしれないですが、唯の姿も答えの一つだと、信じています
「普通の人たち」には普通にできることが違和感となってできなくなってしまうことの苦しさ、それが生きることに直結することであることのつらさ。
この場合必要なのは理解や共感ではなく、その時々に救いとなる「場所」があること、という難しさを感じさせる小説。
平易な文章ながら、響く人には響く作品になっていると思います。
食べることに嫌悪感を抱く女子高生の物語。
なかなか想像し難い設定だったけどぐっとひきこまれました。
普通や当たり前を押しつけられることで苦悩する主人公が、最後に自分と向き合う決意をした場面が印象的でした。
私も"人間みたい"に生きているのかもと感じました。
最初の食事シーンから衝撃的だった。唯の「食べる」と言う行為への客観性と嫌悪感を突き詰めた描写に。
それを隠すだけでなく、人に気を使って更に苦しむ彼女を見ていられなかった。
そんな唯が巡り会ったのは、血液しか飲めない泉。食べ物の気配がなく本棚がぎっしり詰まった洋館で泉と過ごすのは、人間の存在感に耐えられない彼女が得た初めての平安。
でも、そこ以外では「擬態」を続ける唯は、実は人を求めていたのだったのだな。だから、擬態をやめて真実を告げていく。それは、擬態では見えなかった、泉を含めた他人の心の内を知る事。それを通して自分を見る事。
そして「人間みたいに生きてきた」唯は「人間」とは何かに向き合う。 それは互いに異なること。それを認め、受け入れること。
体は変わらなくても、心は変われる。そうに信じる。