セゾン・サンカンシオン
前川ほまれ
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刊行日 2021/04/15 | 掲載終了日 2021/04/13
ハッシュタグ:#セゾンサンカンシオン #NetGalleyJP
内容紹介
間違いなく、今読んで良かったと思える一冊だ。
――瀧井朝世
※「web asta*」4/12より抜粋。
ただ、ただ、彼女たちがたまらなく愛おしい。
こんなにも苛酷なこの世界で、
生きのびてくれて、ありがとう。
――中脇初枝(作家)
依存症は甘えやだらしなさではなく病気だ。
けれど、それを言ったところで振り回される家族の苦しみは消えない。
安易なハッピーエンドに逃げずに希望を探していくこの物語は誠実だ。
――花田菜々子(書店員)
アルコール依存症の母親をもつ看護師・柳岡千明は、退院後の母親が入所する施設「セゾン・サンカンシオン」へ見学に行く。そこは、さまざまな依存症に苦しむ女性たちが共同生活を行いながら、回復に向けて歩んでいくための場所だった。
さんざん迷惑を掛けられてきた母親に嫌悪感を抱く千明だが、施設で同じくアルコール依存症を患っているパピコとの出会いから、母親との関係を見つめなおしていく――。
今、最注目の作家が、人間の孤独と再生にやさしく寄り添う感動作!
おすすめコメント
本書は、アルコール、ギャンブル、窃盗、ドラッグなど、さまざまな依存症に苦しむ女性たちを主人公にした連作短編集です。作中に、「人を依存症にするのは、快楽じゃないよ。心身の痛みや、それぞれが感じている生きづらさが原因で依存症になるの」という一節がありますが、「万引きはいけない」「ドラッグはいけない」という一般論からは零れ落ちてしまう、 それぞれの人生の切実さが胸に迫ってくる作品です。重いテーマでありながら、作者である前川さんの温かな視線が、絶望の先にある確かな光を感じさせ、人の孤独にやさしく寄り添う物語となっております。人と繋がることが難しくなってしまった今日だからこそ、ぜひ手に取っていただきたい作品です。
出版情報
発行形態 | ソフトカバー |
ISBN | 9784591170007 |
本体価格 | ¥1,900 (JPY) |
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NetGalley会員レビュー
「セゾン・サンカンシオン」は依存症をもつ人々がそれを断ちやり直したいと集まる場所。かつて、平川さんに助けられた塩塚美咲もここで暮らした。心に寂しさを持つ人、自分の力ではどうにもする事ができない。美咲もほんの些細な事が積み重なった…。「サンカンシオン」は章のタイトルにあった「三寒四温」かな?依存もこれに似たような意味を持たせているのかも。ギャンブル、万引き、アルコール、薬、それぞれ違いはあるけれど、明日の自分だってわからいな…。依存症の母を断絶しようとした圭に優しい灯りを持つ母が見えた。
セゾン・サンカンシオンで暮らす様々な依存症患者。
それぞれの人が抱える「哀しみ」が辛いほど心に刺さり、中毒になってしまうのは彼女たちも家族も辛いけれど、そうまでして逃げる場所だったんだなあと思うととても悲しくなりました。
私はお酒や薬などに逃げたりすることはないけど、活字に救われているところがあるかなと思います。
辛い時、哀しい時に寄り添ってくれるのはお酒などではなく本。昔からお話に救われてきたと思います。
辛い時、哀しい時に読む本、楽しい気分の時に読む本。十分活字中毒といっていいのかもしれません。
依存症から完全に抜け出せる確率はかなり低いらしい。
当事者の努力ではどうにもならないこともある。
どうやってそれと上手く付き合っていくか。
周りに迷惑をかけずに自分らしく生きるか。
知らない私はついつい甘えてるだけと簡単に片付けようとしてしまうけど、一度陥ったその深みは到底這い上がれるものではないとの怖さを本作で知った。
初めて読む作家さんでした。
様々な依存症に苦しむ女性たちのお話。
自分には関係ない話だと思いつつも、
本当は、いつ自分が同じ立場になっても
おかしくないと思っている自分にも気付かされました。
"単純に捨てるだけでは、消えない想いもありますから"
依存症と引き換えに、
手放したものがあまりにも大きすぎて。
子どもより、当たり前の生活より、
大切なものがそこにはあるの?と
考えさせられる作品。
"共に生きていくよりも、排除する方が世間は楽ですから。"
確かに私たちは、自分たちとは異なるものを排除しようとしてしまう。
楽に生きるために。
私も、そう。
寄り添うって、手を差し伸べるって、
簡単なことじゃない。
"手放したものを幾ら数えたってどうにもならない。だからこそ、ありえたかもしれない日常は妙に眩しい。"
依存症だけに限らず、
手に入れられなかった世界はいつだって眩しい。
好きだったあの人、なりたかった職業、叶えたかったあの夢。
すべてを捨てて、今を選んだ。
ここにいる女性たちはきっと、
すべてを捨てて、アルコールを、
薬物を、ギャンブルを選んでしまったんだろうな。
胸が苦しくなりました。
アルコール、ギャンブル、薬物、万引き‥‥様々な依存症を抱える女性たちが共同で暮らしながら社会復帰を目指す場所「セゾン・サンカンシオン」。
そこで暮らす女たちがここに行き着くまでの経緯、依存を断ち切れず苦しむ今、そしてこれからへの小さな希望、彼女らが失ったものと彼女らを支え、または突き放す家族らの姿を描く5つの連作短編。
章の合間に挟まれる一見関係なさそうなごく普通の家族の日常。ほんのちょっとした経緯で依存症に陥り家族が崩壊していく姿を見る時、依存症が決して特別なものではなく私たちの日常と地続きのところにある病なのだと認識させられる。
「だらしないから」「弱いから」「自己責任」と切り捨てる世間。依存症は並行して精神的な病も患うことが多く、意志の力だけで断ち切れるものではないというが、繰り返す依存、嘘、裏切りを目の当たりにした家族の苦悩も理解できる。
それでも、「依存症の根源にあるのは、寂しさなんじゃないかな」という言葉が胸に響く。快楽のためではなく、それなしでは生き延びることができなかった。人間って脆い。だけど、そうやってでも生きようとしてきたなら、きっと立ち直って生き直してて欲しい。
ラストの、主人公の空っぽの身体を満たしてくれたのが、お酒ではなく他人の温もりだったというくだりは泣けた。
厳しい現実を描きながら、ほんの少しの光を用意したそれぞれの短編は読後も爽やか。読んでよかった作品でした。
依存症を抱える女性たちが共同生活をする回復施設「セゾン・サンカンシオン」を中心に繰り広げられる連作短編集。依存症は心の甘えではなく、本人が治りたいと思っていても、依存対象を目の前にすると無意識に体が動いてしまうこともあるとても怖い病気。ふとしたきっかけで誰もがそうなる可能性を秘めていて、他人事とは思えず、依存症のリアルを目の当たりにして胸がしめつけられる。寄り添う家族も深い傷を負い、ハッピーエンドのような明るい未来は感じられないが、だからこそリアルさが際立つのかもしれない。重い内容ではあるが、互いを支え合う姿にほのかな希望が見えた気がした。
心が強いとか弱いからだとかよく耳にするが、何があっても揺るがない強い心を持つ人なんてどれくらいいるのか。この物語ではさまざまな依存症に悩み苦しむ女性たちとその家族の苦悩が描かれている。途方もないさみしさや深い心の傷など息苦しさを感じ続けたとき、私たちは逃げ場を探してしまうのではないだろうか。依存症は病気であり、自分の力だけで治せるものではないことも知った。仲間と支え合いながらも再発を繰り返すこともある。それでも乗り越えることができたとき、失ったものを取り戻すことができる。光りが見えたラストに心の中まで涙で溢れしばらく止まらなかった。
テーマは『依存症』。ほとんど知らなかった依存症という病。読んでいてずっと胸が苦しくなる程の実態を知る事が出来た。とは言っても何の依存症も経験していないのだから真に知ったとは言えない。それでも依存症という病を知る事、辛さを想像する事や、偏見を持たない事は出来るのでは。依存症を抱えている人は決して弱いからではない。むしろ、周囲の人間は何をしていたのか…。心が砕け散る程の苦しみ、依存症と戦う苦しみ、周囲に理解されない辛さ、そして自己嫌悪の連続。読んでいて、心の悲鳴に耳を傾けてと叫びたくなる。
何故かお酒はほとんど飲まないのに、アル中で酒をやめたいのにやめられない辛さを描いた映画や本に感情移入してしまう私でしたが、本書はこれまでのストーリーと違って、依存してしまう辛さというより、何故依存症になってしまうのかという視点の方が強く感じられ、新たな視点で考えることができました。依存症について少し理解できるようになった気がします。ぜひ色々問題を抱えている人の周りにいる人に読んでもらいたいです。
さまざまな依存症を抱えた女性が集まる共同施設を舞台にしたお話。依存に至るまでの悲しい過去や、禁断症状からの再発に至るメカニズムを読んでも、やはりそれが本当に病気なのか甘えなのかを判断するのはとても難しいと感じた。また、依存対象が違反物じゃない場合(アルコールやパチンコや買い物など)も、過ぎると犯罪に繋がる可能性が高いほど危うい病という事も痛切に伝わってきた。家族のサポートがないと治療は難しく、しかしながら許せない気持ちも凄く共感でき、どちら側の憤りも寂しさも正当のように感じた。
『跡を消す』同様、ギリギリの精神状態の人の内面の表現がとても秀逸で、読んでてかなり気持ちが上下させられた。
さまざまな依存症を知ることができました。
「ギャンブル障害」などの病名も、時代と共に呼び名が変化していることもわかりました。
「依存症は『否定の病』 干渉しすぎると 家族の方が体調をくずす」、「進行する慢性疾患」など、
心身の痛みや、それぞれが思っている生きづらさが原因で依存症になっていく。甘えではない。
とてもリアルで、ノンフィクションのようでした。
読んでる間中ずっと辛かった。苦しくて、苦しくて震えた。彼女達の物語をまるで自分の事の様に感じた。それぐらい共感してしまった。
寂しくて、孤独で、声に出せない叫びが耳の奥に聞こえた気がする。
彼女達の声なき叫びに、孤独に、気付ける人間でありたい。救うなんて事は出来ないけど、ただ、ただ、寄り添える人間でありたい。
いろいろな依存症があるけれど、どれにもいえるのが一般的な理解の低さ。
なった人も、なった人に苦しめられた人も、依存症をあまり知らないのが一般的。
初めに「甘え」や「怠け」がゼロではなかったとしても、
依存症になってしまってからそれを指摘してももう手遅れで。
依存症がもとで生じる犯罪行為も少なからずあるけれど、
刑事罰でどうこうなる問題でもないともっと広く知られるべきだろう。
どうしても日本人は「罪を償う」が第一義になりがちなので。
そういう意味で、物語の形で提示してくれている本作は、
ピアサポートの持つ意味なども含めて共存の在り方を見せてくれていると思う。
ただ。#で進む物語のほうの夫。いまだったらしょっぴかれるのはこいつだろう。
相手も悪ければ自分のした悪いことが相殺されるというわけではないけれど。
依存症という病気に苦しむ人は、自分とは全く違う人間なのだろうと思っていた。
ところが、どうだろうか。
ページを繰るごとに、彼女たちがどんどん近しい存在へと変わっていく。
生きるためにもがく彼女たちの中に、また、彼女たちに期待し裏切られ、それでも彼女たちを捨て切れない家族の誰かの中にも、自分との共通点を見つけてしまう。
彼らは、決して対岸にいる存在ではない。
ラストシーンで私は嗚咽した。
彼女たちが歩く暗く長いトンネルの先には、きっと光が差していると信じたい。
重いテーマであるけれど、前川さんは厳しい現実の中にも希望を描いてくださるという信頼があって読みました。
依存症になるきっかけはーー「寂しさ」はーーどこにでも、現代にはそんな歪がたくさん潜んでいて、いつ自分が、身近な人がそうなってしまうかもわからないのではないかと前川さんの文章は真に迫るけど、でも依存症の本人も、その家族も、温かく包み込む前川さんの眼差しを感じました。
ここで登場する女性たちは、みんな孤独で不安なのです。たとえ家族と同居していても、心理的には独りなのです。一生懸命に頑張れば頑張るほど孤独になっていき、そこから逃げるために手を出したものの依存症になっていくのです。
そして、彼女たちが依存症になっていく原因を作っているのは、ほとんどが身近な人達、家族や学校や職場の人達なのです。でも、加害者たちはそんなことに気づきません。依存症になるような人が悪いのだと責めたてるのです。そして依存症は悪化し、日常生活さえままならなくなっていくのです。
「ようやく気付いた。ここは悲しみを噛み締めるだけの空間じゃない。再び前を向くための居場所だということに。」(本文より)
セゾン・サンカンシオンで症状を改善して、社会へ戻っていく人もいれば、再び戻ってきてしまう人もいます。もうすぐ退所できるかと思っていたのに自殺してしまう人もいます。
うつだって依存症だって、根っこのところは同じです。寂しさなのです。他人の視線が怖いという恐怖なのです。
最終的には心との戦いです。寂しいから、それから逃れるために何かに依存するのだということを、みんなが知ることが大事なのです。あなたは一人じゃないと支えてあげることが必要なのです。
依存症というものを正しく理解するために、大勢の人にこの本を読んでもらいたいと思います。依存症は誰にとっても無関係なものではないのですから。