手話の学校と難聴のディレクター
ETV特集「静かで、にぎやかな世界」制作日誌
長嶋 愛
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刊行日 2021/01/06 | 掲載終了日 2021/02/22
ハッシュタグ:#手話の学校と難聴のディレクター #NetGalleyJP
内容紹介
イタリア賞特別賞、ギャラクシー賞大賞、文化庁芸術祭大賞など
受賞多数の傑作ドキュメンタリー『静かで、にぎやかな世界』の舞台裏
難聴のTVディレクターが手話の学校にやってきた。そこでみつけた「共に生きる」ことの意味とは——。
「静かで、にぎやかな世界」の制作を通して、私はようやく
「多様な生き方」は理想論ではなく、実現できると、肯定できるようになった。 ……この本は、“例外的” なディレクターが生き方に迷いながら、聞こえるスタッフと共に考え、感じてきたことを、番組制作の振り返りと共にまとめた一冊だ。 聞こえる人と共に仕事をするなかで様々な葛藤を抱えていた著者が、手話で学ぶ子どもたちの姿を通して日本社会の現実と未来を見つめた、 一年間の記録。
(「まえがき」より)
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【著者プロフィール】
長嶋愛(ながしま・あい)
1980年、神奈川県生まれ。NHKディレクター。2003年入局。奈良放送局を歴て、現在は制作局第3制作ユニット所属。両耳、聴覚障害があり、音声を文字にする通訳と共に働く。担当番組はEテレ「ハートネットTV」 「ろうを生きる 難聴を生きる」など。
【目次】
まえがき
序章 静かで、にぎやかな新学期
第一章 難聴のTVディレクター
手話の学校との出会い/難聴のディレクターとしてのこれまで/中継 のできないディレクター/異変/「共に生きる」はきれいごと?/「聞こえなくても、テレビ局で働けるんだよ」/風向きが変わる/「共生」を問いかける
第二章 手話が飛び交う「明晴学園」
手話を「第一言語」に位置づける全国唯一のろう学校/校門をくぐる と、海外にトリップ⁉/前途多難なロケのスタート/子どもたちの言葉を育む「手話科」/〝かわいそうな存在〞には描かない
第三章 手話を大切にする学校が生まれた背景
手話が禁じられた過去/「ろう」のまま、手話で学びたい/口話で育った私/日本手話と日本語対応手話/自由にコミュニケーションできる言葉を持つ/「日本手話」で学ぶ選択肢を求めて/大事にしているのは、ろう児が「言葉」を育めること/明晴学園を選択した保護者の思い/ハルカの家族、ハルカの言葉/二つの視点から生まれたインタビュー
【制作チームインタビュー①】カメラマン 中尾潤一 「人は絶対、表情に出る」
聞こえない人たちの世界は目の世界だと知る/子どもたちの心をつか んだ「じゃんけん」/音声が必要かどうか議論に/ろう者と聴者が同じ土俵で見られる番組
第四章 明晴学園の特色ある教育
学校は子どもたちが作る/社会で生きていくための「考える力」を育む/人は言葉と共にある/授業「日本語科」/手話が育む日本語の力 /大切なのは伝えること
第五章 ろうであることを誇りに思う子どもた ちと、社会
卒業を控えた中学三年生/自らの言葉で語る未来/「ろうの自分が好き」中三の答辞/「聞こえるようになる、魔法の薬があったら飲みますか?」/受験で目の当たりにした社会/ノーナレーションで伝わる のか
【制作チームインタビュー②】編集マン 松本哲夫 「取材者と生徒たちの信頼が嬉しい」
手話が言葉だと腑に落ちた瞬間/意図することも、気をつかうこともない/文字だと冗談が伝わらない!/手話から一人ひとりの性格が見えてきた/取材者と現場の信頼関係が見える喜び
第六章 悩みながら取材をした卒業生
誰に向かってつくるのか/「卒業後の世界も描こう」/〝筆談キャッ チャー〞ヒロ/ヒロの前に現れた壁/〝ろう〞のまま聴の世界で生きる
【制作チームインタビュー③】プロデューサー 村井晶子 「サンクチュアリの外側を描く」
慎重に慎重に現場を見るタイプ/提案会議で真っ先に手を挙げた/ 学園の外を描くという決断/くじける姿を見たいんじゃない/子ども たちの「言葉」の強さが番組をつくった
第七章 手話の子どもたちが描く未来
二〇歳の自分へ/小野先生を泣かせよう!/「六年間の感謝の作文を送ります」/卒業式/聴の世界で
【明晴学園卒業生インタビュー】大竹杏南さん 「ろう者としてのアイデンティティーを 認める心を育ててくれる場所」
カメラがいるのが自然な状況/想定外だった質問/明晴学園で「違う 世界」に目が開いた/情報保障の難しさ/人とつきあう仕事をしたい /ろう者としてのアイデンティティーを育む
あとがき 〝共に働く〞が叶ってこそ、制作できた 番組
参考文献
出版情報
発行形態 | 文庫・新書 |
ISBN | 9784480073662 |
本体価格 | ¥780 (JPY) |
NetGalley会員レビュー
2018年5月にETV特集で放送されたドキュメンタリー、「静かで、にぎやかな世界〜手話で生きる子どもたち〜」は、日本手話を第一言語としてこどもたちを教育する日本で唯一の学校、明青学園を舞台にしている。本書は、そのディレクターによる制作の舞台裏と制作チーム(カメラマン、編集、プロデューサー)の対談によって構成されている。
何にせよ作品というのは作りてのアイデンティティとそこから発生する方法論から「生えて」くるもので、そういうった意味でドキュメンタリー作品の様々な賞を受賞した上記作品のディレクター・長嶋愛氏が自身の経験を踏まえつつ、現場で作品と作り上げた様子の記録であるこの本は、ろう・難聴・聴者といった当事者だけでなく、あらゆる意味で作品を作る人に響く本だろう。
本書では日本におけるろう・難聴者とそれに対応する社会の歴史については軽く触れてあるのみだが、私のようにろう・難聴者と日本手話(どころか手話全体)のことにまったく馴染みのない読者が手にとったときに、ふたつの世界の間で制作に悩むディレクターの肩越しにその世界をすこし垣間見るような、格好の入門書にもなっている。
毎年楽しみにしているNHKのベストテレビと言う番組でこの「静かでにぎやかな世界」を観た。その時の言葉に言い尽くせない湧き上がってくる温かな気持ちが改めて思い出される。体全体で表現する子どもたちのエネルギーと自由奔放な行動や意見交換、とても素敵だと思った。
その時も番組にディレクターの長崎さんは出ておられたが、本書で作品の作られた過程を読むと、いろいろな意味で納得させられることが多くあった。あの子たちの表情や仕草は偶然ではなく「日本手話」と呼ばれる言語が手だけではなく体全身で、目やあごといった細部にわたって使われ表現されていることを知った。いわばコミュニケーションの基本であるボディランゲージの集大成である。手話通訳者がテレビ等で見せてくれる「日本式手話」とも異なることを初めて知った。そうしてその表現者である子供たちを支え。誇りと自信を育まれているすばらしい教師たちに拍手を送りたい。
ドキュメンタリーを観終わった時、誰かにこれを見せてあげたい。この作品について話し合ってみたいと思った。その時々、その場所場所で数が少ないほうがマイノリティになる。社会を構成している数が多いほうの人たちの世界が普通であり、マイノリティはかわいそうで保護しなければならない人たちなのだという考え方に、「なぜ」と問いかけたくなる番組であった。そして本書はそれを製作者の側から問いかけているすてきなジャーナリズムの姿として読むことができた。
「障害者」しかいない環境に身をおくと、「私」も「障害者」になりうる。
手話や障害について理解しているつもりだったが、明晴学園の生徒たちの素顔、その将来について知り、本当の共生を考えさせられた。
自分の子供が聴覚障害を持っていたらどんな学校に入れたいか、そんな視点で味わえる一冊。
#手話の学校と難聴のディレクター #NetGalleyJP
明晴学園は“日本手話”を第一言語とする日本で唯一の学校です。この学校に密着したドキュメンタリー番組を担当したのが、自らも難聴者である著者でした。取材者と、当事者の立場を行き来しながら奮闘した1年を振り返る。
まず、ろうの子どもを対象にした学校で「どの方法で子どもに教育をするか?」が議論になっている(なっていた)ことを全く知りませんでいた。”聞こえない”子どもを、聞こえる子どもに合わせる口話教育から、”聞こえない”子どもが自分たち自身の言語で学べる日本手話の教育へ。「健常者に合わせることが全てではない」ことを、明晴学園の子ども達の生き生きした様子が証明しているなと思いました。
それから、わたしはこの本の元になった番組を見ていないのですが、本ならではの深みがあると思いました。
それは番組にはおそらく出てこなかったであろう、作り手・長嶋さんの思い、また長嶋さんという耳の不自由なディレクターとともにカメラマンやプロデューサーなど一緒に働く人たちがどうやって番組を作り上げたのか、その裏側が知れたからです。色々な視点を交差させながら、”ろう者”が社会で学ぶこと、働くこと、生きることを考えさせられました。
明晴学園の子ども達、本で読んだだけでもかわいさが伝わってきたのですが、最後にインタビューでも取り上げられていたアンナさんが特に印象に残りました。自分の頭できちんと考えて、それを他人に伝えることができる素敵な人だなと。こういう人を育んだ明晴学園の教育、本当に素晴らしいなと思いました。
学生時代、介護等体験実習で聾学校にお邪魔した。
その日は運動会で、片付けの時のことだったと思う。
校庭の端のほうから私の横にいる子に向けて、
大きく合図を送り、自分のほうを見たのを確認すると、
手話で何かを語りかけた子がいた。
私の横にいた子も手話で返し、しばらく会話して、
お互い満足そうに別れた姿を見たときに、
自分にとってあたりまえの音声での会話が不便に思えた。
校庭の端と端で健聴者が会話をしようとすると、
そうとう大きな声を出さなければいけないし、聞き取りづらい。
けれど手話を介すと見えさえすれば距離は関係ない。
(話し始めに相手に気付いてもらうには困難さはあるけれど)
音声での会話のほうが便利だと疑いもなく信じていた当時の自分が、
それも状況に依存するものだとその時感じたことを思い出した。
そこは公立校だったこともあり音声での教育を中心としている、
とのことではあったけれど友だち同士では手話が会話の中心で、
「静かで、にぎやか」という形容がたしかにぴったりだった。
(対教師には音声で話し、表情も硬かったのでより対照的に感じた)
清明学園では、対教師の場面でも「静かでにぎやか」でいられる。
そのことが彼らの伸びやかさにつながっているのだろうと思った。
2018年5月26日初回放送
ETV特集「静かで、にぎやかな世界〜手話で生きる子どもたち〜」この番組をいますぐみたくなった。東京にある私立明晴学園。ちょうど聾をテーマにした小説をよんでいて重なるところが多かったため、なおのこと印象にのこる。手話にも種類があることを知ったのは最近だがそのうらにこんな苦労があるとは。著者は自身が難聴であり、NHKに職を得てからの苦悩から書き起こしているところが、単なる聾学校のレポに止まらない奥行き。「聴こえるようになる魔法の薬があったらのみますか?」という彼女ならではの問いがなげかけた波紋。ありのままの自分をうけいれる、そんなかっこいい言葉が簡単にはけるものじゃない、その後ろにある荷物はどれだけの重さだかはかりしれない。否、これも偏見なのかもしれない、子供たちの笑顔、学校を愛するこころは十分つたわる。