海をあげる
上間 陽子
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刊行日 2020/10/27 | 掲載終了日 2021/09/14
ハッシュタグ:#海をあげる #NetGalleyJP
内容紹介
Yahoo!ニュース | 本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞ノミネート!
第14回[池田晶子記念]わたくし、つまりNobody賞 受賞!
第7回沖縄書店大賞沖縄部門大賞 受賞!
おびやかされる、沖縄での美しく優しい生活。
幼い娘を抱えながら、理不尽な暴力に直面してなおその目の光を失わない著者の姿は、連載中から大きな反響を呼びました。
ベストセラー『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』から3年、身体に残った言葉を聞きとるようにして書かれた記録。
この本には、辺野古の海に土砂が投入された2018 年末から約1 年にわたって書かれた原稿が収録されています。
上間さんのいる場所から日本を眺めることで見えてくるものがあると思います。
そして、最後まで読むと、このすこし不思議なタイトルの意味が浮かび上がってきます。
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【目次】
美味しいごはん
ふたりの花泥棒
きれいな水
ひとりで生きる
波の音やら海の音
優しいひと
三月の子ども
私の花
何も響かない
空を駆ける
アリエルの王国
海をあげる
調査記録
あとがき
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【著者プロフィール】
1972 年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学研究科教授。専攻は教育学。普天間基地の近くに住む。
1990年代から 2014 年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わる。
2016 年夏、うるま市の元海兵隊員・軍属による殺人事件をきっかけに沖縄の性暴力について書くことを決め、
翌年『裸足で逃げる 沖縄 の夜の街の少女たち』(太田出版)を刊行。
調査対象者に原稿を実際に読んでもらう「読み合わせ」からはじまった本書は、
沖縄のいまを伝える作品として大きな反響を呼んだ。現在は若年出産女性の調査を続けている。
※校了前のデータを元に作成しておりますので、この後の著者の加筆修正により実際の完成版とは異なる場合がございます。ご了承ください。
出版情報
ISBN | 9784480815583 |
本体価格 | ¥1,600 (JPY) |
関連リンク
NetGalley会員レビュー
何よりもまず、こうした困難を抱えた人たちに向かい合って聴き取りを行っている筆者に敬意を表したい。正常な想像力を持つ人ならばこのフィールドワークはとても重いものだろう。内容は重いのだがほっと救われる思いがするのはどうしてなのだろうか。社会的にこちらが正義なのだ、こちらが正しいのだというのではなくまず受け止め共感して待つ。そして次の道をを探すための助言をしていくという過程に、存在を丸ごと認めてもらえる安心感があるのだろう。報告されたケースの一つ一つが、精いっぱい生き抜く女性たちの応援歌になっている。
しかし人々の営みを破壊する権力の力には抗っても抗っても無力さを感じざるを得ないのも事実である。沖縄の現実は、戦争による悲劇に加えて,基地を差し出すことによって本土の安全を得ようとしていることにあることは自明のことだ。政治の論理がそうであったとしてもそこに生きる人々の生活が侵害されていいはずはない。この沖縄の問題について筆者は小さな娘さんに様々なことを語っている。それに応える娘さんの答えが何とも言えず温かい。ハンガーストライキで訴えた元山君にも土砂で埋められた魚たちにも。それは現状を追認する大人たちがとなえる「それはしかたのないことなのだ」という理屈を超えた人間としてあるべき当然の感情であることを教えてくれる。
正直、困難な状況を抱える人たちにも沖縄が抱える問題についても何もできない。知ることが現状を変える力になるとは言えないし歯がゆさだけが残るのだ。しかしそれではいけないと思い、考え続けていくこと、そして少なくとも選挙に行くこと・・・今の私にできることはそれだけだがあきらめないでいたい。こうして支え合いながら生きていく人々の姿を読ませてもらったのだから。
見落とされてきたもの、見ないふりをしてきたものに光が当てられ始めている。声なき声が届き、少しでも生きやすい世界になるように。弱いものが弱いまま、泣くだけでしんどさを背負わされないように。声を届けてくださった作者にも感謝。たくさんの人の目に留まりますように。
ニュースで辺野古基地の話題はよく目にしていたがあまり真剣には考えた事はなかったことをはずかしく申し訳ない気持ちになりました
上間さんの沖縄の子たちに寄り添う取材の様子や丁寧な子育てを感じる文章は心にすぅっと入り、だからこそアメリカの基地に対しての想いが深く伝わりました
これからも発信を続けてほしいです
あとがきにある「この本を読んでくださる方に、私は私の絶望を託しました」という言葉がこのエッセイ集を最も象徴する一文だと思います。こんなにも読んでいて辛い気持ちになるエッセイ集は初めてでした。
でも「辛いから」と言って、この現実から目を背けてはいけないとも思いました。
収められたエッセイで特に印象に残っているのは、最初の夫のことを書いた「美味しいごはん」と幼くてして亡くなった妹さんのことを書いた「ふたりの花泥棒」です。先制パンチが強烈でした。どちらもまるで小説のような話で、これが現実の話であることに衝撃を受けました。
上間陽子『裸足で逃げる』を注文してる(図書館にじゃないよ!)とこなのだが、なんとネットギャリーで次の新刊が「すぐ読み」になってた。
エッセイだが、これが重たくて情の濃い、なんというか早川義夫の歌のようなエッセイなのである。
僕は最初の「美味しいごはん」という短編?でもうKOされた。
すみません、以下【ネタバレ】してます。ちょっと。
なんと、夫が不貞を告白してきて、その相手が古くからの友人で、隣家に住むその友人を問い詰めに行く、という話なのである。
なんというか、伊藤野枝とか太宰治とか(あまり知りませんけど)のような、無頼な感じがするのである。とても単なるエッセイとは思えない。
早川義夫っぽいな、と思ったのは、情況が苛酷だというだけじゃなくて、当人の意識の流れが自然な感じに、それでいて咀嚼しがたいカタマリ感を以て、迫って来るところだ。
これ芥川賞とかの対照になるものなんじゃないかな?
すげえよ。 #海をあげる #NetGalleyJP
(上記は自分のFacebookに投稿したと同テキストです)
著者のことをよく知らず、タイトルと先に読んでいた方の評価の高さに惹かれて読みました。
読み終えた今は、正直何と言っていいのかわからない。
あまりにもたくさんのものを提示されて、すべてを受け止めることができず、私の前に処理されるべき情報が渋滞している状態。
お子さんとのほっこりするやり取りに、過去の離婚、調査をしている若者の現実や辺野古のこと、家族のこと。ごった煮のエッセイ。きちんと整理されていないことが逆に、そのすべてが著者の日常であることを実感させられる。
タイトルにもなっている「海をあげる」という言葉が本文中で出てきた時、ドキッとした。それはつまり、そこに至るまで読んでいたもろもろのことを、私は結局他人事として読んでいたということで、それが自分の目の前に差し出された瞬間、咄嗟に受け取れないと思ったからだと思う。そう思った自分が恥ずかしくて、でも仕方ないと思って、でもそれはどうなのと思って、無視することもできなくて、目の前に差し出されたままただ見つめているような状態。かみ砕くには時間がかかりそうです。
著者の静かな目線の底にあるとぐろを巻いた炎を見たような気がしました。
社会学者として沖縄の主に若年層の調査に携わってきた筆者の、初のエッセイ集。研究書『裸足でにげる』や論文では彼女の話はもちろん全面には出てこないが、きりきりと厳しい沖縄の、若者たちの、世代を超えて続いてしまっている現実の重みのなかで人を育て、また送っていく筆者の横顔が写し取られたような、静謐な随筆だ。調査のなかで関わっていくと、どうしても人と人の繋がりができる。筆者はそれを大事にする。この、大事にする、ということがどれだけ難しいことか。巻末の、登場する人たちと会った日、原稿の確認をして読み合わせた日を見て欲しい。研究に限らず、こうして言葉にして紡ぐまでにどれだけの出来事があったのか。何度も読み返すことになるに違いない。海と、この本をありがとうございます。
子どもの頃、日曜日の朝になると、住んでいた家の窓という窓がビリビリと震え、弱いながらも振動を感じた。かなり離れているところではあるけれど、自衛隊の富士演習場での訓練によるものである。
子供心に怖いな、と感じながら口にしてはいけないことなのかなとも何故か考えていた自分を、この本を読んで突然思い出した。
著者の上間さんの持つ目線は、『聞くこと』から生まれている。それと共に、聞かざるを得ない状況が生み出されている現状に怒っている。静かに。きっとその怒りは深い部分での本質的な怒りだ。
だから、弱者とか弱い立場とかそんな言葉を私が使うことすら躊躇ってしまう。知らず知らずに、または知らないふりをしながら私もその状況を黙認しかつ加担しているからだ。
だから、最後に上間さんから渡されたものを持ちあぐねながら、目を逸らしてはいけないんだ、と腹を括れと自分が自分に叫んでいる。それが現代に生きる自分の果たすべき責任の一つだ。
日曜日の朝、布団の中で耳を塞いでいた私はもうただ耳を塞ぐだけではダメなことを知っている。
「沖縄の海は世界一綺麗な海なんだ」とスキューバをやる人からずっと昔に聞いたことがある。
暖かい土地に興味のない私にはそれ程共感することはなかったと記憶しているけれど、でも実際に見たし、絶景として写真や映像で見る沖縄の海はあの青さは確かに感動する。
上間さんがあげるという海はこの海のことだ。沖縄の「海をあげる」という。
自分が住む日本のことなのにどこかで起こる出来事の当事者ではない私はそれはいつも対岸の火事だ。
そんな私の様な人間に大事なことを教えてくれたと思った。
実は、いま読み終えたばかりなんですが
流れる涙で止まらんのです。
どうしようもなく溢れてくるから。
だから、今どうしても言いたい。
ぜひ、この本を読んでみてくたさいと。
岸政彦さんの沖縄について書かれている本を読む時も感じましたが
私たちは沖縄について知らな過ぎる。
知っているのは上辺のニュースだけで、知ろうとしていない。
上間さんの聞き取りした事柄や
経験から実際に感じた痛み。
どうかどうか、彼女が綴る言葉や想いに触れて欲しい。
心がスパークしてて、止めようがなくて支離滅裂だけど
これを読まんでなんとする!と叫びたい。
私に何ができるかな。
私たちは何を手渡していくのかな。
読み終わってしばらくはどうしたら良いかわからない無力感に苛まれました。
沖縄ではまだ何も終わっていない。
ただ自分にできることはこの本をひとりでも多くの人に読んでいただくこと。
本文にもあったようにバトンを繋げていくことなのかと思います。
沖縄の闇夜は、とても深く濃いのだろう。
そこでは今も、歴史の渦に飲み込まれた人々や奪われた美しい大地が悲しみの涙を零している。
その闇が少女たちを、あるいは暴力をふるうひとたちを取り囲んだのだろうか。
それでも、あまりにも暗い闇のなか、ひときわ明るく光る星のような光が見える。
子どもたちの生命の瑞々しさ。破壊されつつある海の澄んだ青。
絶望のはてに音もなく流れる涙でさえ、光を宿し。
闇の隣で生きる人々は、太陽の光を取り込んでいっそうに輝いていた。
透明な声で語られる物語は、悲しみの色をしていてもなお、美しい旋律を奏でている。
この奇跡のような真実を、受け取ってほしい。
沖縄に行ったことがない自分にとって沖縄の空気感というのは全くわからないはずなのに、この本を読んだあと、とてもリアルにその光景が思い浮かんだ。
インタビューされる女性の生き様もかなり衝撃的だった。
一人では変わらない、もし多くの人が動いてもなかなか変わらない現実を見せつけられて、それでも私は動けない。
でも全くの無関心でいることはやめよう、と思った。
「秋田のひとの反対でイージス・アショアの計画は止まり、東京のひとたちは秋田のひとに頭を下げた。ここから辺野古に基地を移すと東京にいるひとたちは話している。沖縄のひとたちが、何度やめてと頼んでも、青い海に今日も土砂がいれられる。これが差別でなくてなんだろう? 差別をやめる責任は、差別される側ではなく差別する側のほうにある。
二〇一八年末にはじまった土砂投入は、一九年末までの一年で工程表の一パーセントを終えたらしい。普天間基地を閉鎖するという名目でなされる、じりじりと沈む大地に杭を打つ、辺野古基地の完成には、これから一00年かかるというわけだ。そして私は目を閉じる。それから、土砂が投入される前の、生き生きと生き物が宿
るこっくりとした、あの青の海のことを考える。
ここは海だ。青い海だ。珊瑚礁のなかで、色とりどりの魚やカメが行き交う交差点、ひょっとしたらまだどこかに人魚も潜んでいる。
私は静かな部屋でこれを読んでいるあなたにあげる。私は電車でこれを読んでいるあなたにあげる。私は川のほとりでこれを読んでいるあなたにあげる。
この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに、海をあげる」
最後をよんで言葉を失う、題名の意味はこうだったのか。沖縄をめぐる女たちの物語、短編が重ねられ、これはどんな文学なのか?と戸惑いながらゆっくり読んで、最後の方で明らかになった。調査記録だったのだ。沖縄にすむ女性たちのさまざまな運命の。
沖縄に行ったことはない。簡単には行けないと思える。
秋に沖縄への修学旅行が息子の高校で予定されていたが、コロナ禍で延期となった。歴史好きな彼は行くならリゾート地でなく沖縄の歴史を感じられるところに行きたかった、本土の盾となった激戦地であり複雑な歴史を持つところだからと。家族でいつかいけたらいいなと話をしたことをおもいだした。政争の道具にしてはならない。