pray human

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刊行日 2020/09/28 | 掲載終了日 2020/09/27

ハッシュタグ:#prayhuman #NetGalleyJP


内容紹介

デビュー作『ジニのパズル』で群像新人文学賞、織田作之助賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞をトリプル受賞した注目の新人、
崔実(チェ・シル)が4年ぶりに刊行する第2作。 

17歳のとき精神病棟で出会った君へ、わたしが10年間の沈黙を越えて語る真実とは――。

傷ついた魂の再生を描く、心揺さぶる青春小説

デビュー作『ジニのパズル』で群像新人文学賞、織田作之助賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞をトリプル受賞した注目の新人、
崔実(チェ・シル)が4年ぶりに刊行する第2作。 

17歳のとき精神病棟で出会った君へ、わたしが10年間の沈黙を越えて語る真実とは――。

傷ついた魂の再生を描く、心揺さぶる青春小説


出版社からの備考・コメント

校了前のデータを元に作成しています。刊行時には内容が若干異なる場合がありますがご了承ください。

※発売前作品のため、発売後に読まれる読者の皆様のためにも、「ネタバレ」「外部書評サイトへのレビュー投稿」は極力お控えいただけますよう、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
※※リクエストの承認につきましては現在お時間をいただいております。

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販促プラン

★★
作品の拡材や指定配本をご希望の書店様は  
恐れ入りますが<講談社 第五事業販売部>まで直接お問合せをお願い致します。  
★★

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出版情報

発行形態 ハードカバー
ISBN 9784065202050
本体価格 ¥1,500 (JPY)

NetGalley会員レビュー

前職が障がい者施設で勤務しており、精神病棟の中の利用者さんと話す事も多かったので本を読んで当時を思い出しました。
傷つく事が多い存在の皆が夢を語ったり、時には不安になったり、、、。私が見ている世界観とは違う世界観が皆には見えているんだろうなと文章を読みながら感じました。その世界観の中で色んな考えを持ち、葛藤している姿を文章であっても現実に私もその本の世界の中に入って皆と集会している気分にさせてもらいました。
この本を性別、年齢問わず読んでほしいと思いました。皆に知ってほしい精神病棟の人達の考えは恐い事だけじゃなく、素敵な考えを持っていることを、、、。

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芥川賞候補になった作品を書く崔さんの作品らしい一冊。

精神病棟に入院していたことは
本人にとって負のイメージしかないのでは?
と思えるような描写が多い。

なのに、そこで知り合った安城さんが
病気と知りお見舞いにいく私。

そこで安城さんに言われるがまま
「私」は中学の時の話を含め過去の話をするので
「私」が安城さんに依存しているのでは?
と、思いつつ読み進めていくと
安城さんが「私」に依存しているようにも思えた。

「私」の現在と過去とが織り交ざった話で
読んだ後に「私」や安城さんはどうなったのだろうか??
とふとその後が気になった。

「生きる」ことの辛さや「生きにくさ」を
丁寧にかつ静かに書いている小説。
最後の一文が心に残った。

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第33回三島由紀夫賞候補作品。光がさすようなラストがよかった。だが、そこに辿り着くまでの道のりは私が想像すらできないほどの過酷さ。

ね、わたしたち、こうやって生きて行けたらいいな/こんな見窄らしい恥晒しな一生を、今後も継続していきたいと? 

胸の内に狂おしいほどの痛みを感じた。
あまりにも臆病で口にできなかった数々の言葉が蘇り、わたしは胸の痛みに喘いだ。
そして、やっとの思い出、わたしは頷いた。
「生きよう、いつまでも。こうして君と一緒に生きていこう」。
三島賞選考委員全員が「この作品が一番好き」と言い切ったにもかかわらず、受賞を逃し、受賞作は「かか」に。
高橋源一郎氏の「もっさりしていて、最大の問題作」最高の褒め言葉だ。

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人生は外側から見えるものばかりではない。内面に形成された負の経験も個々の繊細な感受性も、生きていくためにのりこえなければならない、その人そのものであるのだから。子どもの存在をそのまま受けとめることは親にとっても決して簡単なことではない。這えば立て、立てば歩めの親心と昔から言われてきた。親にとって他の子どもと違っていると感じることはつらいことであると同時に社会に出す前によりよくしなければという思いもある。しかしその想いを受ける子どもにとっては大きなプレッシャーになっていることを親は知らない。「わたし」はよい子であろうとして様々な場面、場所で傷つき、そして同じように傷ついた人々が住む精神病棟で社会人としては異様な行動に見えるが、自分と共鳴し合える人たちと出会う。そしてその中のひとりの「君」に向かってこの物語は綴られる。

「自分のことを聞いてくれる人のことは絶対忘れないものだ」・・・「わたし」に自分自身の話を語れと常に言う元精神病棟の患者であり今は病気で入院する安城さん。その枕もとで自身の過去を語りながら癒されていく自分に気付く「わたし」。二人の会話は荒っぽくぞんざいではあるが、そうした距離の取り方がお互いへのいたわりであることがわかる。その内容は切なく愛おしく、こんなにも重い現実を小さな体で受けとめていたのかと、そしてそれは「私」の周囲にいる人たちもまた同じであるのだろう。人間は小さな悪意と社会の常識の重さで簡単に傷つき壊れやすい。

孤独感とどうしようもない辛さが漂うこの作品であるが、安城さんのような悪ぶったやさしさだけではなく、包み込む「君」のやさしさが伝える、そのままあること、みんなで共存できる方法を考えたいのだというメッセージに救われる思いがする。私たちもまたお互いが壊れやすい人間と言う存在として違いを認めてあるがままを受け入れられる人でありたいと思う、たとえそれが決して簡単なことではないと知っていても。

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人の心というものは、脆くて危ういものだと思う。何かきっかけがあれば、誰もがバランスを崩してしまう可能性があるかもしれない。そんな心の不安定さが、様々なエピソードで描かれている。主人公は、精神病棟での出会い、そこでの出来事、生きづらさを振り返り、大好きだった君へ語り続ける。ある再会により明かされていく真実は、胸に辛く突き刺さる。普通とか正常とか、何を基準に、誰が決めるのだろか。死にたいけれど、もだえ苦しみながらも生き抜いてきた主人公のわたし。ラストで希望の光りが見えた瞬間、どうしようもなく心が震えた。

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『pray human』

精神病棟はあるとは知っていたが、どういうところなのか、自分には遠い世界の話で触れてはいけないような、見て見ぬふりをしていたような気がする。
でも、抱えきれないことを経験して救われなかった時、精神を突き抜けて病んでしまう。
精神病棟に入院している方は、決して弱いとか特別とかそういう人たちではない。


自分の話を聞いてくれた人のことは、絶対に忘れない。

この言葉にドキッとした。
人の話をじっくり聞いて理解しようとしている人が減っているのかもしれない。

ほんとは辛いことを話したいし、泣き叫びたい…
そして、話したくなるまでじっくり聞いてほしい…
抱えきれない思いが暴発する前に…


こういう時だからこそ心に刺さる物語だった。

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ジニのパズルは、読んだのだけど、詳細な記憶がない。そのときの私にささるてことがあまりなかったのかもしれない。いまなら違うかもしれないと思う。

すさまじいまでの力で迫ってくる。とまらなくなる。精神病院の設定は逃亡くそたわけ (絲山秋子 )を思わせるものがあった。

すごいものを読ませてもらった、ありがとう。


インタビュー記事を見つけたので、抜粋。

崔  私自身も、一番大切なことは沈黙してきました。ほかの人もそうだと思う。沈黙の内容を知ることは不可能でも、「何かあるな」と気づくことはできるんじゃないか。人が言葉にできない、沈黙の言葉に気づいていきたいと思います。


崔  20歳くらいのころ、自分は「人間ごっこ」をしているんじゃないかと感じていて、当時通っていた映画学校の課題で「play human」という企画書を書いたんです。実はこの小説のタイトルも、当初は「play human」でした。でも、登場人物たちはみな、何かを祈っている。だから校了直前に「pray human」に変えたんです。


崔  誰もが自分のいる場所から、自分の物差しで事物を追ってしまいがちですよね。右左と動き回って、それまでの常識から離れて、自分の物差しをどう越えるか、私にとっても常に課題です。

【群像 編集部】|【『pray human』刊行記念】崔実 特別インタビュー|tree

https://tree-novel.com/sp/works/episode/039e55f837533718b66a0b75a452cedf.html

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精神病院に入院していた主人公。その時に出会った入院患者や、子供の頃の出来事を回想してゆく。話したいけど話せない心の奥底にある悲鳴の様な思いが読んでいて私にも突き刺さる様だった。時に驚く様な突飛な行動もあるが、その理由を知った時でも彼女達を精神病患者と指さす事が出来るのだろうかと思う。実際に精神病院に入院した人と接した事は無いが、彼女達の思いや考え方はとても真っ当に感じる。逆に社会で普通に生活している人であっても所謂『病んでる』と思われる人が沢山いるのではないかと思ってしまう。

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こわい、と思うのは、きっとこのコロナ禍で彼女たちのような傷を負った子が増えているだろうこと。
救いを求めたい相手に素直にそういえる人がすべてではないし、それを言えない環境もある。
救いを求めたい相手によってより傷つけられること、相手の無理解で傷つくこともあるという救いのなさ。
そんな中で残された傷がその後の人生にどのような影響を与えるかを考えると無力感を覚える。
身体の病と心の病、比較できるものではないけれど、数値化できるものとできないものを比べたら、
見えないものは「ない」ものとして扱われやすいという難しさもある。でもけしてそうではない。
そのことに心を留められるゆとりを他人に対していつも持っていたいし、持っていてほしいと願う。

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精神病院の閉鎖病棟にいた「わたし」から「君」への語りかけで始まる物語。

なぜ「わたし」は精神病院に入院していたのか?
一体「わたし」の過去に何があったのか?いまの「わたし」はどうなったのか?
かつて同じ精神病院で「わたし」と「君」と同じ時間を過ごした「安城さん」との対話を通して、
現在と過去を行き来しながら本当の「わたし」が曝け出されてゆく。

その中で語られる病棟での生活は不謹慎かもしれないけれど、
大人ばかりなのに、誰もが心は解放されていて、邪気がなく、楽しそうにすら思えた。
もちろん、彼らは苦しみを抱えているからそこにやってきたわけで、心を病み、
叫喚する者や肉体を拘束される者がいて、鬱屈が漂い、楽しいだけなわけはないのだけれど。
それでも少なくとも「わたし」が生きてきた外の世界と比べるなら、病棟の中の方がよほど優しい世界で、
「わたし」にとって心安らげる場所だったのかもしれない。

外の世界で行ってきた「わたし」の数々の奇行を「病気」と思い込んでいたが、
それはずっと誰にも話すことのできなかった秘密が「安城さん」に明かされたとき、
外の世界で自分の親に、周囲の大人に、幼い頃から傷つけられ続け、
誰よりも清廉で、優しいからこそ、壊れてしまっただけなのだと知る。

最後に「わたし」が君と交わす
「生きよう。いつまでも。こうして君と一緒にいきていこう」という台詞が読後も心に残る。
何度も何度も傷つきながら、それでも手を取り合って生きてゆく二人の未来が思い浮かんだ。

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ちょっと変わった人たちのお話だなーっと読みすすめましたが、とっても自由で正直な人達のお話でした
世間的には不自由な環境にいると思われるが、もしかしたら不自由なのは私かも
話を聞いてくれる誰かがいる幸せを改めて感じる
ラストに希望を感じる

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