きのうのオレンジ
藤岡 陽子
この作品は、現在アーカイブされています。
ぜひ本作品をお好きな書店で注文、または購入してください。
出版社がKindle閲覧可に設定した作品は、KindleまたはKindleアプリで作品を読むことができます。
1
KindleまたはKindleアプリで作品を閲覧するには、あなたのAmazonアカウントにkindle@netgalley.comを認証させてください。Kindleでの閲覧方法については、こちらをご覧ください。
2
Amazonアカウントに登録されているKindleのメールアドレスを、こちらにご入力ください。
刊行日 2020/10/26 | 掲載終了日 2020/12/31
ハッシュタグ:#きのうのオレンジ #NetGalleyJP
内容紹介
「お父さんとお母さんは、ぼくの人生が短くてかわいそうですか? 」
三十三歳の笹本遼賀は、胃の調子が悪いため大学病院で胃カメラ検査を受けた。
結果は悪性腫瘍。 告知を受けてから二週間後、検査入院した病棟には、高校の同級生で看護師の矢田泉が勤務していた。
手術日も決まり、遼賀は荷物を取りにいったん自宅へ戻ることに。準備を終えた瞬間、遼賀は急に全身から力が抜けてその場にへたりこむ。どうして自分が癌に……涙がとめどなく溢れてきて、恐怖で震えが止まらなかった。病院に戻る気力もなくなっていた。
その時、郷里の岡山にいる弟の恭平から荷物が届く。
入っていたのは、十五歳の頃、恭平と山で遭難した時に履いていたオレンジ色の登山靴。
それを見た遼賀は思い出す。 あの日のおれは、生きるために吹雪の中を進んでいったのだ。
逃げ出したいなんて、一度たりとも思わなかった――。
(著者略歴)
藤岡陽子(ふじおか・ようこ) 1971年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。報知新聞社を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大留学。慈恵看護専門学校卒業。2006年「結い言」が、宮本輝氏選考の北日本文学賞の選奨を受ける。09年『いつまでも白い羽根』でデビュー。著書に『手のひらの音符』『晴れたらいいね』『おしょりん』『満天のゴール』『跳べ、暁!』などがある。現在は、京都の脳外科クリニックに勤めている。
販促プラン
【書店の皆さまへ】
日頃より、小社刊行物、そして文芸単行本のご販売にお力添えを賜り厚く御礼申し上げます。
初回指定をご希望いただける書店様は、「出版社へメッセージを届けたい方はこちら」の部分に①②③をご記入ください。
①初回指定希望数
②番線
③書店名
【初回指定希望数 申込〆切:2020/9/30】
レビューにつきましては、〆切日は設けておりません。SNSなどでぜひご紹介いただき、他のお客様、書店員様へご紹介いただければ幸いです。
この小説が皆さんと出合い、店頭でまた別の誰かに出合っていくことを願ってやみません。
よろしくお願いいたします。
出版情報
発行形態 | ハードカバー |
ISBN | 9784087717280 |
本体価格 | ¥1,600 (JPY) |
NetGalley会員レビュー
15歳で冬山の遭難を経験し、33歳で胃がんの告知。遼賀と恭平が生と死について考えさせられたように、この作品を読んで、私も生きるということについて教えられた気がします。登場する人たちは優しい人が多くて、遼賀は最後、みんなにありがとうを伝えたいと考えましたが、納得です。よく生きて、良い人たちと巡り会えたなら、感謝で終わるだろうと思います。素敵な人たちと出会うために、この作品に出会えたことにまず感謝です。
しとしと泣いた。
33歳とまだ若齢で胃ガン宣告を受けた主人公が、15歳で初めて命の危機に瀕した雪山での弟との遭難経験を中心に人生の回想を織り交ぜつつ、真っ直ぐ優しい人々に囲まれ穏やかに己を見詰める終活参考書。
自分が弱った時、助けが必要な人がいる時にどう接し得るか、闘病生活の生々しさが看護師の著者ならではの視点でナチュラルに綴られていて、心の歪みにしたたかに染み入りしとしと泣いた。
雑草を抜くシーンが居た堪れずとても深く記憶に焼き付いた。
自然と優しさが生まれてくる作品なので遍くオススメ
生きることについて、とても考えさせられました。病気を背負ってしまった側、病気の人を支える側、どちらもの苦悩、不安がありありと描かれ、それでもあたたかな景色をみせてくれる作品です。人はみんな誰しも自らの預かり知らぬところであったとしても、何かに影響しあい、誰かと支え合いながら生きている。今まさに身内の闘病を支える者として、勇気づけられました。
私は今、いくつもの病気を抱えている。
その中で内臓の病気は二つ。
ひとつは手術が必要だと言われ、原因の細胞は組織検査の最中だ。
結果が良くても悪くても、手術が待っている。
そんな中、うっかりこの作品を読み始めてしまった。
主人公は胃がん。ヤバいなと思った。
ツラくなると自覚しながら読み進めてしまった。
自分はきっと大丈夫だ、という前向きな気持ちの日もあれば、もしも悪性だったら……と不安が押し寄せて夜中に目が覚めてしまう日もある。
不安定な中でも、私は大好きな書店での仕事と家事に奮闘しながら今を生きている。
自分の足で歩けている。
それはとても幸せなことなのだ。
優しい主人公はどんな時も周りの人たちに気を配り、感謝を持って接している。
どうしてそんなに優しくなれるんだろう。
今の自分とリンクして、涙が止まらない。
弱気な私を支えてくれている家族や職場のみんな、いつもありがとう。
私もやっぱり主人公とおんなじ。
感謝の気持ちしか出てこない。
今は自分のことにいっぱいいっぱいで、周りに優しくできてない時が多いかもしれないけど(笑)
これからも頑張りすぎず、穏やかな日々を積み重ねていけたらいいなぁ。
私はきっと、まだまだ頑張れる。
想いを込めて、この作品を売りたい。
【死を思うことと、大切な人を想うこと】
自分が病気になった時
自分が死ぬかもしれない、と思った時
家族が病気になった時
家族が死ぬかもしれない、と思った時
家族に限らず
自分が大切な人を失うかもしれない、と思う時
大切な人に、大切なことを伝えておきたい。
って、思うよなぁ。
そんなことを感じながら読みました。
そして
自分にとっての大切な人は誰だろう?
自分にとっての大切なことは何だろう?
と、自分のことにも想いを馳せました。
『いつか』伝えたい大切なこと、があるとして
その『いつか』はもしかしたら来ないかもしれない。
こんな状況だから余計にそう思います。
病気じゃなくても
コロナでなくても
ほんとは「当たり前」な明日が来るとは限らない。
だけど普段はそんなことを意識し続けてはいられない。
「当たり前」が実は「有難い」ことだと気づけた時
人は当たり前に感謝して
大切なことを大切にできるんだな
としみじみと感じました。
今読み終わって
自分の大切な人に「大切だよ」と伝えようと思いました。
キーワードはオレンジの記憶に包まれた、かけがえのない何か
心に生茂る雑草を丁寧に抜きながら、雨の中を必死で走るメロス。
胃癌で病魔に襲われた永井荷風が最期にくらうは大好きなカツ丼。
全編を通して漂うのは、必死でもがいた先に広がる薄ら光。
神々しい光ではなく、やがて消えるキャンドルのようなオレンジの明かり。
死へ向かうとき人は、何を見るのだろうか?
兄弟で歩んだ道は、いつかのぼった山のように険しい。
その山で得た経験や、損なったものがあぶり出てきた時、人は本当の優しさに気づくのかもしれない。
重いテーマであるがサクサクと読めるのは、醸し出す人物像が不器用ながらどこか軽やかだからだ。
軽やかだからこそ、最期のステップが刻一刻と刻まれる序盤にかけては、涙なしでは読むことができなかった。
読み終えた後に、幼なじみの友人に無性に会いたくなった。
その瞬間瞬間の思い出は、振り返ればオレンジ色に変わる。
これが生命の光なのかもしれない。
頑張りすぎている人、これから頑張りたい人、そんな人に読んでもらいたいと思う1冊だった。
本が好き!倶楽部
せいちゃん
鮮やかな情景とそれぞれの想いが心を掴んで離さない
病院の待合室から始まる物語。
院内の情景や人の発する空気が纏っているような描写に、いつの間にか引き込まれていた。
さらに、主人公を取り巻く人物の視点で綴られる語り口が余計に現実味を帯び、まるでその場に自分もいるかのような錯覚を起こす。
それ故に、一度読んだら止められない。
『もしかしたら自分もこの立場になるかもしれない。』
それは、当事者なのか家族なのか友人なのか…。
癌患者を家族に持った経験のあるひとりとして、どの人物にもなり得る可能性があるということを真正面から受け止め、考えさせてくれる作品ではないかと感じた。
「生き方」のヒントがここにある気がする。
本が好き!倶楽部
あんちゃん
自分には特別なものは何もないように思えても、人生ってこんなにも豊かなんですね。
がんを宣告された主人公と、彼とかかわりのある人たちの物語。パンデミックも起きない。世界恐慌も起きない。大きな事件も特別な事件も何ひとつ起きない。
彼らに起きるのは、誰もが遭遇する可能性のあるいたって普通の出来事だけ。他人にとってはよくある普通の出来事だけど、本人たちには人生を左右する重大事件。ドラマチックじゃない人生なんてありませんね。
主人公だけじゃなく、丁寧に書かれた周りの人たちの人生が心に響きました。
「この想い、僕もどこかで経験したことがある!」
かつて傷つき、もう傷つきたくなくて蓋をしていた心の傷に優しく触れ、その傷も人生の豊かさだったと気づかせてくれる一冊でした。
優しさが胸を締めつける
主人公がガン宣告をうけるという思いテーマではじりますが、人間らしくも暖かい登場人物の言葉や行動に心があたたまります。人は誰かを思いやる事で強くも優しくもなれる、それを教えれます。どんな時も回りを気遣い、いつだってひとりでたたかってきた主人公が、最後に弟に伝えたかったことは、シンプルだけど愛に溢れていました。
弱音を吐かずに頑張りすぎているすべての人に同じメッセージとこの本を送りたい。
温かく、優しい
若い男性が癌と戦うストーリー。
でも、戦うという言葉が相応しくないぐらい、この物語は、ずっと、温かく優しい。
私が彼だったら、こんな状況の中で、こんなに優しくいられるだろうか。
彼を取り巻く、家族や看護師の視点からも描かれる物語。
それらの人からの視点が入ることによって、物語に厚みと温かさが増しているように感じます。
命と家族について、改めて考えさせられます。
どうか、どうか。生き抜いて欲しい。
そう願わずにはいられませんでした。
主人公と同い年のわたし。
同じ境遇になったらどうするだろう?やり残して悔やむことはないだろうか?
「会いたいときに会いたい人に会って、伝えたいことを伝えられるときに伝えて、やりたいことをやれるときにやってみよう」命は有限だから。あらためて、そう実感しました。
主人公に共感する部分もたくさんありました。部活を全力で頑張ったわけでもない。自慢できる特技もない。
でも、それでも、誰かがどこかで見守ってくれていて、自分が誰かの支えになっていることもあって。ひとりのようで、ひとりじゃない。誰かが、誰かを想っている。
そんなことを気づかせてくれる、とてもステキな作品でした。
本が好き!倶楽部 まいちゃん
突然の癌宣告は主人公、遼賀の日常の全てを洗い流した。
遼賀に残されたものは何だったのだろうか?
遼賀の言葉に「両親やおれたち兄弟がそれぞれ、
そうありたいと願い続けてきたからなんだ」とあります。
遼賀たちがそうありたいと願ったことは何だろうと考えさせられます。
コロナ禍になって新しい形でのつながりが生まれてくる時代となりました。
親子、夫婦、パートナー、友人などのあり方をいま一度問われているように感じます。
そんな今だからこそ、読んで欲しい本の一冊です。
本が好き!倶楽部
トシ
優しい遼賀くん
最後の最後まで優しい遼賀くん
そんな遼賀くんの周りの人もみんな優しい
本当に素敵なお話でした。
“人は死んでも、誰かの心を震わせることができる”
そんな人生は本当に素敵だな。
読後には
ページを戻ってまたあの頃に戻りたい。そう願ってしまいます。
でも人生は戻れない。しっかりと今の時間を大切にしていきたいと思います。
今私が手紙を書くとしたら、どんな内容になるだろうか。
高校生活最後の登山での遭難。
その時、18才の主人公はどんな言葉を綴ったのか。
それが、彼が今置かれている状況とリンクして心に響きました。
散りばめられたオレンジが印象に残る一冊だった。
生きるとはどういうことなのか。
これからの自分の人生をかけて、精一杯味わっていきたいと思う。
本が好き!倶楽部
ゆうか
きのうのオレンジ
藤岡陽子
読み始めたら最後
机を離れることができませんでした
一年と8ヶ月ほど前
夫をガンで亡くしました
主人公の揺れる気持ちそのまま
夫の心のゆらぎのように感じ
徐々に励まされている自分を
見つけました

本が好き!倶楽部 永井亜佐子
#きのうのオレンジ
#ネットギャラリー
正直最初は重たいな、辛いなという思いで
読むスペースがスローだったのですが
章を追うごとに
りょうが、泉、恭平、裕也たちの人柄に惹かれ
知ってるようでまだまだ知らないことだらけなんだなと痛感させられた医療問題や教育に関することも折り込みながらのストーリー展開に日を追うごとに読むスペースが早まっていきました。
ミステリーでしたら犯人がわかるまでの
ドキドキ感を味わいながら読むスピードが早まる体験はこれまでも幾度となくしてるのに
長編小説でこういう思いをさせていただけるのはいつ以来のことだろう?と思える時間となりわたしにとってはこの1冊との出会いが
こういう思いにさせてくれたことに感謝です。
人を思いやる優しさを教えてもらいました。
そして人と人との繋がりの強さ、素晴らしさを改めて教えてもらいました。
どうか、私の嫌いな人も、好きな人も、知らない人も無事に明日を迎えられますように。
この作品での日常を生きるとは、ささやかで些細なことを丁寧に紡いでいくこと。
電話をかける相手がいないとか、本気の人間を馬鹿にする人はギリギリの時に踏ん張れないとか、放って置けば記憶にも残らない言葉が金平糖のようにキラキラと散りばめられていて、1つ1つ拾って行くのがとても楽しかった。
オレンジには朝日の力強さと夕日の黄昏とが混在していて、この作品にピッタリのイメージだった。
これからはただがむしゃらに進むのではなく、ゆっくりと景色を眺めながら、のんびり生きていきたい。
本が好き!倶楽部
佐藤真紀(タイム)
人は普段
人生の意味
など深く考ええてはいない
何となく後で振り返られると
けれどそれが叶わないかもしれないと判った時
人はその意味を改めて問い始める
自分の生きてきた意味を
自分の大切な人の生きてきた意味を
その人と共に生きてきた意味を
これは生涯で二度そんなシチュエーションを
体験した主人公と彼の大切な人達が
人生の意味を捉えていく物陰
人の気持ちはどうやっても100%分かるものではありません。好きな人、身近な人、気になる人と分かり合いたい、分かってほしいと思うけれど「推し量る」ことしかできません。
「きのうのオレンジ」一人ひとりの物語から相手を思いつつも相手の思いとぴったり重ならないもどかしさを感じました。
それでも、相手を思う優しさや祈りが、苦しみ、悲しみ、悔しさなどをオレンジ色の空が広がるように包み込んでいく。
言葉を探していくと「肯定感」という言葉にたどり着きました。
柔らかなキャンドルの灯り、オレンジ色の光に包まれるような物語でした。
所属:広島蔦屋書店
余命宣告を受けても生きる希望を失わない人がいる。どうすればそんな風になれるのだろう?
これは丁寧に、本当に丁寧に人と接してきた主人公が辿り着いた、普通だけど特別な物語です。三十三歳の遼賀は癌を告知された後、十五歳の雪山遭難の夜を何度も思い出そうとします。それは十五歳の自分が死の覚悟と生きる希望をはっきりと矛盾なく受け入れた夜でした。
私はこの小説を読んだ後、がん告知を受けた患者の心理に関する書籍や論文を幾つか読んでみました。科学的手法で書かれた文章は非常に勉強になり、この小説を読み解くヒントも数多く書かれていました。でも普段であれば読もうとはしなかったでしょうし、仮に読んだとしても心に響くかどうかは別の話です。
そこで物語の出番です。感情を動かすという点については物語に勝るものはありません。一読した直後は随分と抑えた表現だなという印象でしたが、いろいろ調べて読み直すときちんと構成されていることが分かり、更には敢えて書かなかったかもしれない部分などが想像され、色々と考えながら読むことが出来ました。そして何度読み直しても心に響く良い作品だと思いました。映画やドラマも二度三度見返すことで理解が深まりますが、やはり小説の読み返しが一番ですね。
最後に、癌告知について考える機会を与えて下さった作家さんと皆さまに感謝します。有難う御座いました。
広島 蔦屋書店
癌の告知を受けた主人公とその周りの人々が、どんな風にやり取りを交わし、関係の記憶を辿り、自分の想いに名前をつけていくのか、移り変わる季節の情景を追いかけながら、丁寧に描かれた作品だった。
読み進めているうちに、登場人物に思わず自己投影してしまうシーンは沢山あった。
主人公が癌の告知を受けた後、ポケットからスマホを取りだしたものの、伝える相手が思い浮かばないまま、また仕舞う。
独身の私にとって、「そうかもしれない」とギクリとしたシーンだった。
息子という役目
上司という役目
会社の社員という役目
誰しも、誰かの「役目」をこなすことで「自分」というものを形成している。
その「役目」のなかのどこにも、自分の弱い面を見せる場所がない場合、
ふいに背中ががらんどうになるような、そんな虚無感に襲われるのではないかと思った。
また、病院で働く同級生の看護師が抱える医療従事者ならではの苦しみ。
死や病気と向き合い、苦しむ本人や家族を何百人と見守り続けることの多大なる精神的負荷。
医療の限界の先にある無力感と罪悪感、そして心の摩耗。
いくら寄り添おうとも、「『その当事者』ではない、あなた達には分からない」と、患者から怒りもまじえた感情をぶつけられる時の、やるせなさ。
福祉従事者として働いていた頃の、その現場の空気感は未だ忘れられない。
「死」というテーマから広がる、様々な視点、背景、感情、成長を、細部まで丁寧に綴り、表現してくれた作品。
ガン宣告を受けた主人公と自分とを重ね合わせてしまい、心がギュッとせつなく重たくなりましたが、人の優しさや温かさを感じる作品でした。
読んだ直後、この本のレビューを文章化することができなかった。
しばらく、仰向けとなり、ただ天井を眺めていた…。
ガン宣告を受けた主人公と年齢が近い私…。
きっと、主人公と自分とを重ね合わせてしまったのだろう。
ガン宣告を受けて、ガンのステージが進行していく主人公。
私の心がしめつけられ、1ページをめくることが重たくなっていった。
「もし、自分がガン宣告を受けたら・・・」
「もし、自分のガンのステージが進んでしまったら・・・」
そんな自分事として思わず考えてしまっていた。
主人公の周りには、家族がいて、
高校の時のクラスメイトとの出会いがあった。
その中には、かけがえのない、温かくお互いを思いやる信頼関係があった。
現在、私たちを取りまく環境は大きく変わってきている。
空を眺めながら、改めて自分に問い続けたい。
「人生の中で大切にしたいことは、何だろうか?」
「それを本当に大切にしていますか?」
この本は、私と同じように、働き盛りの方にぜひ読んでもらいたい。
本が好き!倶楽部 のり
あたたかで優しい涙が溢れ出します。
昨日と同じ毎日も大切に生きて行こうと思いました。そして、この瞬間を生きていたかった誰かがいる事を決して忘れない様にしようと。生きる事に希望を捨てない遼賀いつも周りに優しくあたたかな遼賀に会えた事に感謝します。
秋の夜長に優しく暖かな気持ちになれる1冊です。きっと大切な何かに気付くと思います。
本が好き!倶楽部 ゆき姉
「オレンジ」という題名がとても印象強く、読みながらも色を感じさせる、まるで映像を見ているような感覚にさせられる一冊でした。
登場人物一人一人に、励まされ、共感し、私であったらどうするのだろう、何を選択するのだろう‥と考えさせられました。命、生き方・あり方、家族‥。などなど。
特に作者が医療従事者であることから、病気の進行や命の日が削られていくその過程がとてもリアルに描写されており、そして私自身が同業者として同じようなところを観て日常を過ごしているので、より強く考えさせられたのかもしれません。
そして、主人公の存在が、「何かをすることよりどうあるか°」が人生にとってより重要なんだ、ということを教えてくれました。
素晴らしい本に出会い、感謝しています。ありがとう。
瞼を通した感じる色。
癌と闘病する兄と家族の物語。ごく自然にさりげなく支え合う家族の姿に胸打たれました。周囲から見ると理想的な支え合う家族の姿に、闘病してる当人が「意識して努力してきた」と仄めかすあたりにハッとさせられます。自分の役割、性質を理解し日々送る姿は「生きる」ことを全うし辛く感じてしまう今、逆に新鮮でした。
少し哀しいけど温かい涙が溢れる感動作。
今や2人に1人が癌になる時代、私も疑わしきを検査したことがあったので、
遼賀のことをとても他人事だとは思えず、冒頭から息をひそめ、祈りながらページをめくった。
同時に、藤岡さんの経験に裏打ちされた、
物語全体を通して彼に惜しみなく注がれる優しくも力強い眼差しに、胸がいっぱいになった。
この本を読んだ人は、彼から生き方を学ぶのかもしれないけれど、私は違う。
私は彼から自分の愛し方と、生きる”甲斐”とは何かを教わった。
悲しい哉人生は、理不尽でうまくいかないことだらけ。
こんなはずではなかったと肩を落とす、この苦痛と苦難に満ちた人生が自分の人生。
だけれども、意味を探し続けて疲れ果てるのではなく、
その人生をそれごと愛してみて。大丈夫、意味はあとからついてくる。
そして、そんな人生の「きのう」を振り返った時、
きっと自分と、自分の人生を抱きしめたくなっているから、と。
読了後は、親友を亡くしたような虚無感と、途方もない感銘とがないまぜになってしばらく放心した。
何の変哲もない人生を懸命に生きる、圧倒的に普通の人に読んでほしい。
何の取り柄もなく平凡な
どこにでも生えている木のような
そんな毎日を過ごす自分が
どこかで誰かの心の支えになっていて
ひとつの言葉や行動が
また誰かと繋がっている。
そう思えた物語でした。
暖かく優しい空気感は
とても心地よく
ティッシュ片手に
一気に読みました。
間違いなく幸せだったと言える遼賀。
少し羨ましくもありました。
私はそんな人生を
歩んでいるだろうか。
そんな最後を迎えることが
できるだろうか。
ただやはり、別の形で
泉と再会できていたなら.......
この先も生きていく遼賀と
その家族の物語を見たい
と思わずにはいられません。
主人公の遼賀は、33歳で癌を患ってしまう。癌は、今では2人に1人が罹る身近な病気だ。しかし、一方で癌は告知を受けた多くの人が「まさか、わたしが」と驚き、その上、死さえも意識してしまう悩ましい病気だ。
それまで、考えたこともない寿命。
その時、あなたならどう考えるのだろうか。残された時間を、どんなことに使いたいと思うのだろうか。
大切な人が病気なら、どうだろう。その人をどう支えることができるのだろうか。
この作品は、思いやりに満ちている。誰かが誰かを大切に思い、寄り添いたいと。その思いが、会話に出でくる別れの挨拶からも感じられる。
「じゃあまた明後日」「じゃあ元気で」「じゃあまたな」
その約束の言葉には、「また会いたい」という願いとともに「明日も元気で」という祈りにも似た気持ちがあるのではないだろうか。その気持ちを作品から受け取ったあなたを、きった明日へと向かわせてくれることでしょう。
人間として「生きる」ことを、考えさせられる一冊です。
オレンジがつなぐ絆と記憶
残酷なほどの優しさが
胸にささる
人とはこんなにも
切なくてあたたかく
はかなくて強いものなのか
涙がとまりませんでした
自分が死を宣告されたら
彼のように優しく家族を
想えるだろうか
その優しさ、その強さは
どこからくるのだろうか
わたしも彼のような
生き方をしてみたい
そう感じました
本が好き!倶楽部 みやこ
東京で一人暮らしをする笹本遼賀は、癌宣告をされるが突然のことで中々受け入れられず、戸惑いながらも家族や友人と向き合い懸命に生きていく。
こういう物語を読むと、一般的には生死について考えさせられると思うが、私は何気ない兄弟の日常の会話の中にあった温かい光に惹かれた。
それは勤め先の学校で生徒指導の仕方で校長先生と考えの相違があった遼賀の弟の恭平が、その話の愚痴をいったときの遼賀の態度だった。
モヤモヤを抱えこんでいるときに、誰かに少しでも話せるとすーっと気が晴れて楽になって救われ、明日からも頑張ろうって思える。恭平は笑い飛ばす遼賀の声と一緒に胸につかえていた何かが吹き飛んだ気がしたのだと思う。私も恭平と一緒になってほっとした。
遼賀のように話をきいてくれる人がいる日常は、なんてあったかくて愛おしいんだろう。
だから、誰かに話したくても中々話せず、一人で何かを抱えてしまっている人に読んでほしい。きっと誰かと話をしたくなるはずです。
自分が困っている時に、手を差し伸べてくれる人が一体どれだけいるだろうか。私も考えてみたが、そんなに多くはない。しかし、この物語の遼賀にはたくさんいた。
なぜだろう。癌に冒された遼賀に同情しているからだろうか。いや、みんな、私心のない、ただその人のことだけを思って親切にしている遼賀のことが大好きだからだ。彼らは、そんな遼賀に恩返しをしたいという深い感謝の思いを持っている。私は、遼賀の人柄もさることながら、周りの人々のそういった思いにも感動した。
とにかく遼賀は本当に素晴らしい人間だ。是非、彼の優しさに触れてみてほしい。この物語を読めば、きっと人に対する態度が変わるはずだ。
「お姉ちゃん俺さ、こんなんになっちゃったよ」
実家で久しぶりに顔を合わせた弟が、そう言ってTシャツをめくって見せた腹の真ん中に、大きな手術痕があった。
驚いて何も言えない私に、弟はTシャツをピラピラさせながら胃を全部取ったんだと言って笑った。
この作品を読みながら、私はあの大きな傷と、イタズラがバレた時のような弟の顔を思い出していた。
働き盛りに病気になってしまった主人公の遼賀と家族の物語は、あの時の弟と全く同じだ。そして彼を見守る弟はあの時の私だ。
遼賀が実家で療養して暮らした日々は、自分を受け入れ惜しみない愛を与え続けてくれる家族という形を考え続けるものであった。
同じように実家に帰って最期の日々を過ごした弟は、どんな気持ちでいたのだろう。
弟が帰ってきてからはよく家族で集まっては、いつまでもおしゃべりをしていた。
弟は疲れてくると最後は黙って聞いているだけだったが、昔の話や世間話で笑い合う時間は、子供のころに戻ったように楽しくて、病気などまるで存在しないような気がした。
こんな時間が、永遠に続くような気がした。
私はこの家族で良かったと思っていた。
弟も、同じ気持ちだっただろうか。
今となっては知る由もない。
だが、遼賀の物語を読んでいるうちに、
彼と弟との思い出が重なり、いつの間にか遼賀が弟になっていた。
ああ、きっとあの子の気持ちも、こんな風に、温かく、清々しく、ちょっぴり心残りもあるけど、でもきっと、きっと…
これは弟の物語だった。
本を閉じたとき、
「お姉ちゃん」
弟の声が聞こえた気がした。
偶然出会った物語だと思っていたけど、やっぱり君が私に持って来てくれたのだろうか。
ありがとう。
遼賀の言葉を通して、私にも君の気持ちが分かったよ。
この本を読んでよかった。
伝えに来てくれてありがとう。
書を持って町へ出る読書会
主人公の遼賀は、同級生が勤める病院で癌を宣告された。死に対する恐怖心を抱えながらも懸命に生きる遼賀を、彼の周りにいる人たちがそっと寄り添い支え合う。
この作品では、遼賀の話と並行して彼を取り巻く人たちが人生と向き合う姿が描かれている。その中でも、わたしは遼賀と職場でアルバイトとして働く高那の関係がとても印象的だった。高那は自分を信じて仕事を任せてくれた遼賀のおかげで、投げ捨てかけた人生を立て直し、もう一度夢に向かって歩みだした。そしてまた、何があっても誠実な態度で接してくれる高那は、遼賀にとって心の支えとなっていた。
そんな二人が見せてくれた後半のシーンでは、「がんばれー!」と思わず声を漏らしながら読み上げた。そして、日々の思いやりが積み重なり、小さな奇跡が生まれることを、体を張って教えてくれた遼賀にわたしは心の底から感謝した。
自分には大切な人も、大切に思ってくれる人もいないと思っている人がいたら、この作品を読んでみてほしい。周りを見渡しても気付けなかっただけで、側にいてくれる誰かに「ありがとう」と伝えたくなるはずだから。
突然の病に襲われた三十三歳の遼賀と、彼を支える人々の心の変化を描いた物語。
遼賀は病をきっかけに、本当に大切なものに気が付き、それらと共に生きていく決心をする。
それは特別なものではなく、そこにあることが当たり前だと思い込んでいた、生まれ育った場所での家族と過ごすという平凡で普通のものだった。
彼は、華やかでわくわくするような幸せばかりに気を取られていた私に、幸せの本質とは何かを気づかせてくれた。
皆、日々人生の終わりに向かっていることを知りながらも、一方で今が永遠に続くような気もしている。
何が本当の幸せかなんて考えたこともなかった人や、本当の幸せが何か分からないまま探し求めている人に読んでほしい。
本当の幸せに気付けなければ、きっと悔いの残る人生になってしまうから。
レストラン店長として忙しく働く主人公の遼賀は、ある日癌の告知をうけます。
死と向き合ったとき、思い出すのはかつて雪山で遭難して死を覚悟した記憶でした。
生きたいと思った時、帰りたい場所は故郷だと気づいた遼賀。
病をきっかけに故郷、家族、友人との付き合い方を変え、自分自身の人生を回想します。
遭難のエピソード、そして最後の登山のシーンは涙なしには読めません。
自分が幸せだと断言できる彼の優しさは、たくさんの人の心を救い励ましてきたのでしょう。
静けさと愛に満ちた心揺さぶる物語です。
この本はよくある癌の物語ではない。
主人公の遼賀は、親や兄弟、周りの人に、時には自分をかえりみず、時に厳しくも、ただひたすらに相手のためだけを思いやって生きてきた。
ある日、そんな遼賀に癌が宣告される。
まさか自分が、とにわかには受けいれられず、呆然とする遼賀。
しかし、その時彼を支えたのは、彼が支えてきた人たちだった。
たくさんの人たちの優しさに、彼ははじめて自分だけのために、生きようと自分の人生に向き合い始める。
それからの遼賀は、まるで別人だった。
不安に苛まれながらも、毅然と前を向く姿に何度も目頭が熱くなった。
私は今すこぶる健康だ。
しかし、遼賀のように死ぬ覚悟をして生きようと決めた。
この物語は、多くの人が思うだろう自分の生き方ではなく、毎日が永遠に続くと思っている私にとっては、「死ぬ覚悟」を教えてもらうという脳天に鉄槌をくらわされる物語だった。
その覚悟を決めた時、きのうのオレンジは、あしたのオレンジになる。
おすすめです。
登場人物たちの気持ちに共感しながら、読み進めた。今生きている私たちは、人の病気や死に対して、どう向き合うべきかを考える。人はどんなに健康でも、いつかは死ぬ。そして、老いていき、病気と闘う。死と病に年齢は関係ない。この物語は人生の長さ短さに関係なく、人一人の生命が誰かの支えとなり、亡くなったとしても、いろいろな人の心の中で生きていくことを教えてくれる。
本が好き!倶楽部 まちこ
[身につまされる]
身につまされるような主人公の青年の悲しい運命と
彼を励まし支える人たちの温かな人柄の
コントラストが魅力的な作品です。
「そこに意味などなくても生きることは素敵なんだ。」
そんな思いを抱かせてくれます。
本が好き!倶楽部
天野 淳
余命いくばくもない主人公と主人公に寄り添う人達。
死が確実に迫ってくる厳しい状況の中、
クライマックスに向けて「ありがとう」の
エネルギーが満ちていく。悲しい結末なようで、全くそうでない。
「頑張りすぎんなよ」「自分のこと優先しなよ」と大切な人に言われたら、もっと大切に思えて愛おしくなる。
生きていくうえでシンプルだけど、大切なことを思い出させてくれた、『きのうのオレンジ』にありがとう!
ある日突然がんを宣告された主人公・遼賀の闘病の日々と、彼を支える周囲の人たちの物語。
読後、胸が温かくなると同時に、自分にとって何が大事なのかを教えてもらった。なぜなら、遼賀の闘病中の姿によりよく生きることの大切さと、そこから生まれる希望を感じたからだ。
よりよく生きるには、まず自分と向き合い自分を知ることが必要だ。自分にとって何が大事なのか。遼賀にとって、それは家族だった。
十五歳の時、父と弟と登った山での遭難。死ぬかも知れない状況の中で自分のことより弟の身をまっ先に心配し、全力で守っていた。彼にとっての何よりの幸せは、家族四人で過ごす日々でありお互いの存在であると、このとき既に強く思っていた。そして、その後も全く変わらずに思い続けていたのだ。
遭難した後の様々な出来事も経て、その思いやる気持ちが、家族にだけではなく周囲の人にも広がっていき、苦しいはずの闘病生活の中にいて幸せな関係を形作っていると思った。だから、彼らの物語は悲しみの中にも強さや優しさがあり、生きる力へと繋がっていったのだ。
まだ自分の大事なものが分からない人にこそ読んでもらいたいと思う一冊だ。
私は2人の息子を育てる母でもあり、遠くで1人暮らす母の子でもあるので両方の気持ちに寄ってしまって、心情的に苦しかったり悲しかったり忙しかった。そんな中で身内を残して逝く側の気遣いと見送る側の愛情がお互いに寄り添って悲しいけれども温かな気持ちになりました。これは優しさの通う物語。
「若くして癌になったら…」
重い病にかかったら、というのは、今の時代、いつ自分の身に、親しい人の身に起きてもおかしくないことですよね。
.
遼賀も15歳の自分を思い出し、よし!と前向きになっても、ずっとそのままではいられない。
がん患者の揺れる心情と、現役看護師である藤岡さんの医療者側の想いと…。
.
なにより遼賀が優しい人で、「目立たないところで目立ってた」。
リーダーシップを発揮するタイプじゃないけど、人が嫌がることを静かに淡々とこなす。植物を育てるのも得意。
.
多くの入院患者に接してきた矢田も、どんな家族でも大変なときには仲違いしたり、ぎくしゃくしたりするのに相手を思いやっていてめずらしい家族だよ、というようなことを言うシーンがあるんだけど…本当にまわりもみんな優しい。
.
たとえ短い人生だったとしても、遼賀はいつも優しくて誠実で…だからこそ辛いのだけど、辛さにではなく優しさに涙する、そんな温かい物語でした。
「悲しい話は今は無理だ」「泣けるような小説はちょっと苦手だ」と思ってしまったあなたにこそ!
この小説をお勧めします!
正直に言いますと、私も泣きました。心が揺さぶられて、我慢できずに涙が出てしまいました。
しかし、読み進めるうちに心は落ち着きを取り戻していきます。
あたかも主人公の気持ちと重なり合うかのように。
そして、周りの優しい人達の気持ちが自分ごとのように感じられるようになりました。
読後に訪れた感情は、一言ではいい尽くせません。
この小説を読まなかったら決して感じられない、とても素晴らしい、暖かくそして静かで穏やかな感情を知りました。
この小説を勧めてくれたこと、この小説と出会えたこと、この小説が読めたこと、そしてこの小説が生まれてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
30代で病気の宣告を受けた主人公・・・
となると悲しい物語なのかと想像してしまいますが
いわゆる闘病もの、泣ける、だけの物語ではありません。
主人公を取り巻く世界はとても優しい。
派手なことはない、地道な人生でも歩んできた、その結果として誰かと繋がる幸せ。
彼は幸せだったと思います。
そしてその幸せを作ったのは他の誰でもない彼自身の生き方によるもの。
読み終えた後に広がるオレンジの風景がずっと心に残ります。
がん宣告を受けたショックの大きさは受けた本人にしか分からないものなのかもしれないですが、そんな時に迷わず支えてくれる家族や一緒にいてくれる存在の心強さ、そして生きるために最後まで精一杯やりきった遼賀には強く心を揺さぶられるものがありました。
癌が身近な病になって学校でも教えていくうえで、共感したり興味を持つための導入に物語はとても有益だと思います。とても読みやすく、癌治療について最後の過ごし方について考えさせられる部分もあり、とても読みやすい小説でした。
笹本遼賀33才、独身。レストランの店長。そんな彼に胃癌が見つかり、弟の恭平、母、祖母、同級生の看護師に支えられ闘病。子供の頃から、恭平とは違い目立つこともなく普通に生きてきた。それが自分の人生であり、家族とともにいられる事の幸せを感じつつ、その愛に支えられて…。人が死ぬ時、何を思うだろう。癌を宣告された患者は「不安、恐怖、後悔」が思い浮かばれると。「死」を扱いながらも、家族の温かさを描き、前向きなオレンジの夕日が目に浮かぶ素敵な1冊。
日本における「家族」は戸籍と血縁に基づいた関係を中心に考えられるが、
それだけで互いを家族として慈しめるものでもないし、
それだけが家族を形作るものでもないということを強く感じさせる1冊。
メインストーリーではないけれど弟・恭平の学校での指導シーン。
努力しても叶わないとわかりきっていてがんばるのは現在の感覚では「コスパが悪い」。
でも、コスパだけで判断していたら自分の伸びしろを自ら削るだけだし、
集団で嗤うという行為のおぞましさを自覚させるということの教育的意義もあるが、
「集団」を「無難」にコントロールしようとすると見逃されがちなことで、
見逃された経験があるからこそ増長を生む恐ろしさを見たような気がしました。
注意する大人もいる、と知らしめることの大切さもあるので、
学校側の対応は残念でしたが、生徒たちの対応に救いを見た気がします。