空芯手帳
八木詠美
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刊行日 2020/06/24 | 掲載終了日 2020/06/23
ハッシュタグ:#空芯手帳 #NetGalleyJP
内容紹介
第36回太宰治賞受賞作
『太宰治賞2020 』のムックより、受賞作を抜粋して掲載いたします。
単行本化は、2020年秋の予定。ぜひご注目ください!
【あらすじ】
紙管製造会社に勤める柴田は、女性だからという理由で雑用をすべて押し付けられ、
上司からはセクハラ紛いの扱いを受ける34歳。
ある日、はずみで「妊娠した」と嘘を吐いたことをきっかけに、
“にせ妊婦”を演じる生活が始まってしまう。
しかしその設定に則った日常は思いがけず快適で、
空虚な日々はにわかに活気づいていった。
やがてマタニティエアロビに精を出し始めた柴田は、
そこで知り合った妊婦仲間との交流を通して“産む性”の抱える孤独を知ることになる。
表面的な制度や配慮だけは整っていく会社、ワンオペ育児や産後うつに苦しむ女性たち……
現実は「産んでも地獄、産まぬも地獄」だった。
柴田は小さな噓を育てることで自分だけの居場所を守ろうとしていた。
そしてついに、ぶじ妊娠40週めをむかえた柴田の「出産」はいかなる未来を切り開くのか――。
【著者略歴】
長野県出身、東京都在住。
1988年生まれ、31歳、女性。
出版情報
発行形態 | ソフトカバー |
ISBN | 9784480804969 |
本体価格 | ¥1,000 (JPY) |
NetGalley会員レビュー
「普段」ときどき「些細な嘘」が巻き取られたロールの模様は?
職場のパワハラなど日ごろの不満が積み重なった柴田は、「妊娠した」と嘘をついてしまう。制度を利用し
今までにはなかった時間が空いた柴田は、本物の妊婦たちと接っしたり、新しいことに挑戦したりするなど有意義な時間を過ごしていくのだが・・
基本的には祝福すべき「妊娠する」ということが、妊婦たちのリアルな悩み、苦労によって小さなシミができ、嘘によってさらにシミが薄く広がっていく。
手帳に本来は何が書かれていたか微かな違和感が後を引く作品。
「偽装妊娠が最後までバレないってあるかなぁ」と思ったが、世の大方の男性が女性に向ける関心というのはその程度なのかもしれない。女性という性に求めることは男性の人生のアシスタントとしての役割であり、その性が何を感じ、何を思うのかというのはあまり関心がない。男性が快適、スムーズに、その立場を女性に脅かされずに生きていけるのならば。女性の置かれた立場……男性社会に置ける女性の立場を的確に表現していると感じた。
主人公が淡々冷めた視線で社会を見ながら、妊婦を体験してゆくあたりが滑稽であると同時に、「そのまま進んでいくとどうなってしまうのだろう」とハラハラする。
読み終えて2点。本作は1つの嘘で変わって欲しい現実世界への気持ち。子供(架空)の名前は「うつせみ」という意味だったのではないかと思っている。
職場での日々の不満が爆発した結果、
衝動的に「妊娠した」という嘘をついてしまった柴田。
その日から、柴田は妊婦(偽)になった。
てっきりその場限りの嘘かと思えば、その嘘をつきとおそうとする柴田が面白い。
淡々と、しかもちょっと楽しみそうですらあって、出産に向けて準備を始めてゆく。
手始めに食生活に注意し、妊婦用のストレッチ、仕事の引継ぎ、妊娠カレンダーの記録、
子育てのための投資信託の口座開設、マテニティエアロビ、産休の取得…
偽装はどんどん進化して「お腹に赤ちゃんがいます」キーホルダーまでつけてみる。
決して柴田は狂っているわけではなくて、あくまで淡々と念入りにそれらをこなしてゆく。
そこには嘘をついたことへの焦りや罪悪感は感じられない。
空っぽのお腹を優しく撫でるとき、慈しみ深い母の表情をしてみたりするのだろうか?
周囲の人たちと妊娠について話すとき、一体どんな顔しているんだろう?
母になりきる柴田を思い浮かべるとニヤけてしまいそうになる。
この嘘はどこまで続くのだろう。
こんな嘘、バレないはずがないと出産日(偽)が差し迫るにつれて
リミットが近づいてきたような気がして、焦りが強くなっていった。
だからこそ、意外な結末につい苦笑してしまった。
世の中には子どもが欲しいと思い悩む人もいるのだから、この嘘は不謹慎だとは思う。
だけど、こんな大胆な嘘をつかせた諸悪の根源は何か、ということに思い至る。
お茶汲みやら差し入れの配布、事務仕事にかかわる職務内容にすら入らない雑用のあれこれ。
そんなもん誰だってできるわ。こっちだって自分の仕事があるんですけど。
そんな柴田の鬱憤に既視感を感じてしまう。
悪気なく、無意識に女であることを求めてくる男の悪意を私も知っている。
だからこそ、途中からは柴田の嘘という名の逆襲を応援していたのだと思う。
腫れ物に触れるように、掌を返したように気遣ってくる上司や同僚たちが憎たらしい。
やれるなら最初からやれよ、と。
だけど、こんな些細な出来事一つで職場を変えてゆけるなら痛快でもある。
柴田の妊娠(偽)を通して見えたのは女の性にのみ与えられる幸福と、
昔も今も女という性にこびりついて取れないうっとおしい悲哀だった。
小さな嘘によって世界がちがうふうに見えていく過程が面白かった。淡々と書かれているのに、独特のリズム感のようなものもあって、するする読めた。情景描写が上手くて、1場面1場面が鮮やかに浮かんでくる。主人公の異質さが目立つというよりは、彼女によって「女として生きること」の苦しい部分だったり生きづらさだったりが浮き彫りになっていくのが良い。物語終盤に「?」となったけれど……
工場の製管現場:「ここで作られるのは空っぽの芯だ」
妊娠していない自身の中身とを重ね合わせながら考察する場面が最高だ。
嘘も呪文のように唱えて育てていくうちに、
案外、別のどこかに連れ出してくれるかもしれない。
そう思わせてくれるお話です。
妊娠36週目のエコー検査のシーンが面白かった。